D×Pタイムズ
D×Pと社会を『かけ合わせる』ニュース
D×P×スタッフ

つながっていることを実感できるのも大切。心に残る“思い出”の先生になりたい。

生徒にとって『居場所になれる先生』になりたい。

ここに帰ってきたら先生がいると思えたり、あの先生は煩かったけど構ってくれたとか。愛情を注いで、その子の心に残る“思い出”になれるような先生になりたいな。

そう話すのは、春から中学校の先生として働くインターン生、『ほっさー』。D×Pのインターンを通じて、感じたことをきいてみました。

右側がほっさー。クレッシェンド前の打ち合わせ中の写真です。

“ひとりの人間として向き合う”のは、実習の場では難しいかもしれない。

D×Pスタッフ:ほっさーは、D×Pのインターンのどんなところに魅力を感じたの?

ほっさー:やっぱり、クレッシェンドで学校の授業に入れることかな。しかも、先生でも生徒でもない、第三者の大人。その不思議な立場は、学生のうちでしか体験できないと思って。

クレッシェンドとは? 
通信・定時制高校で行っているD×Pの独自プログラム。高校生とD×Pのボランティア「コンポーザー」が対話する全4回の授業です。ひとりひとりに寄り添いながら関係性を築き、人と関わってよかったと思える経験をつくります。4回の継続した授業のなかで次第に人とのつながりを得て可能性が拡がるように、音楽用語でだんだん強くという意味のクレッシェンドと名付けています。

D×Pスタッフ:春から中学校の先生になるんだよね。例えば、教育実習とはどう違うんだろう?

ほっさー:先生としての役割を意識するから“ひとりの人間として向き合う”のは、実習の場では難しいかもしれない。D×Pは、生徒一人ひとりに先生ではない自分でぶつかっていく体験で、ぜんぜん違うかも。

定時制高校内に開く居場所である「いごこちかふぇ」は、一番取りつくろえなくて。始業前から放課後まで4時間ぐらい素の自分で高校生と向かい合うの。先生でもないし、指導する人でもない。なんか“よくわかんない大人”っていう自分のままでいる。その状態で高校生と接するのは、思ってたより難しかったかも。

居場所事業とは? 
定時制高校で週1回実施する校内カフェ。安心できる居心地の良い空間を学校のなかにつくります。コンポーザー、地域の方、他団体のスタッフが訪れることもあり、高校生が定期的に様々な人とつながることができる場でもあります。スタッフは、日々の会話から困りごとを拾いサポートにつなげ、生徒が卒業した後も社会のなかに居場所がある状態を目指します。

D×Pスタッフ:週1回のいごこちかふぇで会うから、D×Pの授業「クレッシェンド」に比べると長期的に続く関係だもんね。とりつくろえないことを実感した場面ってある?

ほっさー:いごこちかふぇに関わるようになった頃、私の生徒への話しかけ方が「指導者っぽい」と言われることがあったの。自分でも、その指導者っぽさがD×Pの関わりではないと思って、すごく悩んだ時期があったんだ。それから、「ひとりの人間として接するには、どうしたらいいか?」というのをすごく試行錯誤して。

高校生と一緒にクレッシェンドに参加することも。

周りのインターン生の関わり方を観察した(笑)

D×Pスタッフ:その、指導者っぽさはどこからきたんだろう?

ほっさー:わたしの場合は、母が先生で。親の真似して育ってきたから、指導者的な目線があったのかも。あとは、まだ学校現場に立ってないからだと思う。私の『先生』のイメージが『指導者っぽさ』を作り上げてたのかも。

D×Pスタッフ:自分が接してもらった先生が、最初はお手本になるのかもね。ほっさーが悩んだ時は、どうしたの?

ほっさー:なんかね、周りのインターン生の関わり方を観察した(笑)。言葉遣いひとつとってみても、生徒のことを話すときに違和感のない言葉を使う人がいて。それを見ながら、自分はこんな思考パターンがあるという枠組みを発見していったかな。自分の思考パターンを客観視した上で、私はこういう言葉を使っちゃいがちだけど、この言葉は使わないでおこうとしたり。1年ぐらいD×Pで働いて、考え方の枠組みが少しずつ変わっていくと、違和感を覚える言葉がかわってきて。

D×Pスタッフ:どういう言葉にひっかかるの?

ほっさー:最近思うのは、「この子のために、〜をしてあげたい」て言葉にひっかかってて。「してあげる」という言葉のなかに上下関係を感じることがあるの。なんで「〜をする」や「したい」ではなく、「してあげたい」にわざわざ言葉を変える必要があるんだろう?って。一緒に働くインターン生は、生徒のことをどんなに考えて話している時も、絶対に「してあげる」は言わない。本人も意識して使わないようにしていると言ってて。

D×Pスタッフ:そうなんだね。わたしも、「してくれた」をなるべく使わないように気をつけてるかも。特に文章にすると残ってしまうから。わたしは「きっとしてくれないだろうな」と思っているとき、「してくれた」という言葉を使ってしまうことがあって。たとえば、「やんちゃそうな生徒だから、きっと挨拶なんてしてくれない」とどこかで思っていると、「あ、挨拶してくれた」という感情が生まれる。その言葉自体は一概に悪くはないんだけど、上下関係に見える可能性があるならば、わたしは「してくれた」という言い方はできるだけしないと決めているかも。

ほっさー:言葉が全てが悪いわけじゃないんだよね。どうしても、その言葉を使わないと意味が通じない場面はあるし。でも、わたしは、そういう場面でないときも無意識に使ってたと思うの。わたしは、言葉が人をつくると思っていて、無自覚に上下関係をつくりたくない。それに、D×Pがしているのは若者支援だけど、ほんとは『支援』とは違うんじゃないかな。

D×Pに入ったときは、わたしは「してあげる考え」だった。でも、半年ぐらいたったときに自分がしたこと以上に生徒から何かをもらってた。それは、絶対に一方的なものじゃなかったと気付かされて。

『人とのつながり』もだけど、つながっていることを実感できることも大切かな。

D×Pスタッフ:D×Pのビジョンは、『ひとりひとりの若者が自分の未来に希望を持てる社会』だけど、ほっさーにとって希望を持てる状態ってどんなもの?

ほっさー:うーん…これだっていうものは難しいな。必要条件であっても、十分条件じゃない。たとえば、生きるために家が必要だとか。必要だけど、でも家があるだけで希望が持てるのか?というと時と場合だと思う。衣食住は、もちろんベースで大切なんだけど、やっぱり人かなって思う。『人とのつながり』もだけど、つながっていることを実感できることも大切かな。

D×Pスタッフ:実感って大事だよね。周りの人から見て、養育してくれる人がいて、先生や友達がいると思っていても、本人が親とうまく話せなかったり、先生や友達は信用できないしと思ってたらつらいよね。

ほっさー:わたし自身は、不自由なく育ててもらって、すきなことできて。両親も友達もいる。でも、自分は孤独だと思ってた。孤独じゃないとわかるまでに、すごく時間がかかって。孤独じゃないって気づけた瞬間に、それままで愛情を注いでくれた人や、周りで支えてくれる人がいたことに気づけたんだよね。

愛情を注いで、その子の心に残る思い出になれるような先生になりたいな。

D×Pスタッフ:来年からほっさーは先生として働くけれど、どんな先生になりたい?

ほっさー:ずっと思っているのは、生徒にとって『居場所になれる先生』。ここに帰ってきたら、あの先生がいると思えたり。あの先生が、煩かったけど構ってくれたとか。そういえば、あの先生とはずっと喋ってたよな、とか。愛情を注いで、その子の心に残る思い出になれるような先生になりたいな。

D×Pスタッフ:いつでも帰ってこれるとか、居場所になれるって、D×Pが目指すかたちとすごく似ているね。そんな居場所が、ほっさーを通じて広がっていくと素敵だね。

インタビュー/文責:磯みずほ(広報・ファンドレイジング部スタッフ)

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ひとりひとりの若者が、どんな境遇にあったとしても、
つながりが得られる状態をつくる。これがD×Pの取り組みです。

ひとりひとりの若者が自分の未来に希望を持てる社会をともにつくりませんか?

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