「100円で、1万円分の価値をつくる」NPOの新しい戦い方|クジラ株式会社 代表取締役 矢野浩一さん(後編)
認定NPO法人D×P(ディーピー、以下D×P)は、多くの方からの寄付によって活動するNPO法人です。
今回は、以前よりご支援いただいているクジラ株式会社(以下、クジラ)代表取締役の矢野浩一さん(以下、矢野さん)と、認定NPO法人D×P理事長・今井紀明の対談をお届けします。
クジラは、大阪を拠点に “不動産×デザイン×建築” を掛け合わせ、空間や場所を通じて社会課題の解決に取り組むリノベーション会社です。物件選びからデザイン、施工までを一気通貫で行うことを強みとしている同社。商店街の空き家や空き店舗を客室に変え、まち全体をホテルに見立てる「SEKAI HOTEL(セカイホテル)」でも知られています。
矢野さんには、D×Pにご支援をいただいているほか、大阪・ミナミの繁華街で運営する「ユースセンター」を立ち上げる際にも、構想から物件探し、デザイン・施工・ブランディング・広報まで、トータルでサポートしていただきました。
前編では、大阪・ミナミの繁華街にある「ユースセンター」が、どのように生まれたのか。その舞台裏をお届けしました。
後編では、矢野さんの原点をたどりながら、ユースセンターの経験から見えてきたNPOと民間企業の「新しい協働のかたち」に迫ります。
なお、今回の記事の執筆には、株式会社ストーリーテラーズさんにご協力いただきました。
若者たちが、自分の“特等席”を見つける場所に

今井:若者たちの居場所にするために、矢野さんは、ユースセンターをどのような発想で設計してくださったのでしょうか。
矢野:ここに来てほしいのは、ユースセンターの対象は13歳から25歳ですが、空間を考えるうえでは、まず自分たちが10代だった頃のことを思い返してみようと考えました。
10代の頃って、道端でも平気で地べたに座れましたよね。30歳を過ぎると、路上やコンビニの前なんて、もう座れない。でも、あの頃の僕らにとっては、路上で集まり地べたに座ることはごく自然なことだったんです。
だったら、大人の常識で綺麗に整えた空間をつくるのではなく、あの「路上のどこにでも座れてしまう自由さ」をあえて屋内に再現しよう、と。
床は、高低差をつけた階段状の設計にしました。どこに座ってもそれぞれ違う居心地になるように、ひとつひとつ計算したんです。

そうすれば、若者たちが自分の「特等席」を、勝手に見つけてくれるだろうと考えました。それが、思っていた以上に狙い通りになりましたね。
今井:僕も同じように感じています。ひとりで静かに過ごしている子もいれば、数人で自然とたまっている子もいて。路上っぽさがあるからこそ、集まりやすいんでしょうね。秘密基地みたいなロフトの空間は、僕は個人的にもすごく気に入っています。

矢野:そもそも、この立体的な設計ができる物件に出会えたこと自体が奇跡的でした。もし天井の高さが低かったり、部屋の真ん中に柱がどんと立っていたりしたら、こうはつくり込めませんでしたから。
今井:この場所だったからこそ、この空間ができましたよね。
ユースセンターは口コミで少しずつ広がって、今では延べ13,000人ほどの若者が訪れています。最近では、この取り組みを参考にしてくださる自治体も増えています。
矢野:場所をつくるだけであれば、長机を置いて、パーテーションで区切るだけでもできます。しかし、それでは若者たちが「自分たちの居場所」と感じられないと思っていて。
表面的なレイアウトだけではなく、一番大事なところを考えて設計できることはNPOならではの力だと感じています。
自分の周りにいてほしかった大人になりたい

今井:クジラさんは、児童養護施設のリノベーションなど、社会貢献にも長く取り組んでこられました。そもそも、その原点はどこにあったのでしょうか。
矢野:もとをたどると、一度、クジラを辞めようと思った時期があったんです。19歳から不動産の世界にいて、24歳でクジラを創業したのですが、29歳の頃に心が折れてしまって。売上を追い続ける日々に、だんだん意味を見出せなくなっていました。
そのようなときに、知り合いから「経済性だけでなく、社会性を重視して経営する方法がある」という考え方を教わったんです。これだ、と思いました。
今井:「これだ」と思わせた、何か具体的な事例があったのでしょうか。
矢野:ボルヴィック(Volvic)の「1L for 10L」という取り組みです。水が1リットル売れると、開発途上国に10リットル分のきれいな水が届く。事業そのものが社会貢献になっていることに、とても衝撃を受けました。事業と社会貢献は、切り離さなくていいんだと。
そうして始めたのが「クジライク(KUJILIKE)」という活動です。リノベーションでいただいた金額の1%を積み立てて、児童養護施設やフリースクールの子ども・若者たちと一緒にDIYをする。活動を始めて、もう10年以上になります。D×Pさんへの寄付も、根っこは同じなんです。事業で生まれたものを、どう社会へ還元していくか。ずっと、そこを大事にしてきました。
今井:矢野さんの活動は、多くが子ども・若者に関わるものですよね。以前から興味があったのでしょうか。
矢野:そうですね、目の前の特定の子というより、「子ども・若者」というジャンルに対して何かしたいと思っていました。
僕は子どもと接すること自体は得意なんですよ。小さい子ともすぐ仲良くなれるし、今も中高生や大学生と一緒にバスケをしています。ただ、正直、子どもが好きかと言われると決してそうではない。むしろ苦手なんです。
自分でも矛盾しているなと感じていて、「子ども・若者に対して何か活動したいと思っている自分は何なんだろう」と、ずっと考えてきました。
今井:その答えは、見つかったのでしょうか。
矢野:ええ。その答えが分かったのは、つい最近のことなんですけどね。僕は「見落とされがちな社会課題」に興味があるんだと気づきました。
それに気づいたきっかけが、「ヤングケアラー」という言葉でした。あの言葉を初めて知ったとき、すごく納得したんです。表面的にはわからないけど、苦労を背負っている子ども・若者は確実にいるんだと。
僕自身、中高生の頃に、本当に相談できる大人がそばにいたら変わっていただろう、と思いました。それに気づいたのは、ずいぶん大人になってからです。
今井:「中高生のときに、本当に相談できる大人がそばにいたら」というのは……矢野さんご自身も、そういう葛藤を抱えてこられたということでしょうか。
矢野:簡単に言うと、僕は「選択肢を並べて、自分で選ぶ」という経験を、ほとんどせずに育ったんです。
誤解のないように言うと、家庭が不幸だったわけではありません。住む家はあったし、父も大手企業に勤めていたので、周りから見れば何不自由ない家庭でした。ただ、母親が厳しくて、お金の使い方や行動を選べる余地はほとんどなかった。
20代の頃は、本気で不思議だったんですよ。「どうしてみんな、こんなに当たり前のように、いくつもの選択肢から自分の人生を選び取れているんだろう」って。それが世の中の普通なんだと知ったのは、ずっと後のことでした。
35歳くらいのとき、ようやく分かったんです。名前のつかない、見落とされがちな不幸みたいなものが、案外、自分のすぐそばにもあったんだと。
今井:名前のつかないものは、本人でさえ、自分がどんな状況にいるのか長いあいだ気づけない。だからこそ、そこに目を向けられる人が、必要なんですよね。
矢野:うちのインターンの子たちにも、よく聞かれるんです。「どうして、ここまでしてくれるんですか」って。
そのときは、「自分の周りに、こういう大人がいてほしかったから」と答えています。子どもは、今も得意ではありません。でも、かつての自分が出会いたかった大人に、今、自分がなろうとしているんだと思います。
NPOの新たな戦い方について

今井:矢野さんは、今回のユースセンターを単なるひとつの案件としては見ていないとお聞きしました。もっと大きな、これからのNPOのモデルとして捉えているというか。
矢野:その通りです。ソーシャルな領域でトップが一番苦労するのは、「これが、これからの時代の正解なんだ」と言い切ることだと思うんです。
まだ世の中にない未来を「これが正解です」と言い切って、最後までやり切れる人は本当に少ない。今井さんは、その最初のひとりになってくれたから、後に続く人が出てきやすいんです。
今井:正解かどうかは、正直まだわからないですけどね。ただ、絶対に今必要なことだと思っているから、やっているという感覚です。
矢野:そして、このような事例に取り組むポイントは、お金を集めた「後」ではなく、集める「前」にあるんじゃないかと思っています。
民間の立場から見ていると、どうしても「利益の余りを、寄付として出す」という構造がありますよね。もちろんそれは有り難い仕組みですが、これからは「これだけの社会的インパクトを生み出したいから、これだけの予算を確保する」と対等に言えるNPOのトップが、もっと増えていいと思うんです。
最初の予算を削られてしまうと、現場がどれだけ優秀でも、できることに限界が出てしまいます。だったら、その手前の、お金の集め方や設計そのものから変えられないか、と思うんです。
今井:お金の集め方から変えていく。最初からしっかり投資として設計する、ということですね。
矢野:そう。そこで最初の投資を惜しむと、取り組みが続かないか、あとから人手ばかりかかって結局何も変わらないか。だいたいそのどちらかなんです。だったら、少し初期予算は上がったとしても、最初にちゃんとした「投資」として空間や仕組みを設計したほうが、結果的に持続可能なものになる。その考え方がNPOの世界にももっと広がってほしい。
ただ、最初の一例がないと、なかなか後に続く人が出てこないんですよね。
今井:そこが変われば、できることの可能性が一気に広がりますよね。
矢野:だから、今回のプロジェクトはいくつもの意味を持っていると思っているんです。 ユースセンターという「場づくりの成功事例」。NPOが企画から民間と組んで、クリエイティブディレクションまでやりきった「協働の成功事例」。そして、事業の川上からしっかり資金を確保した「投資の成功事例」。どの切り口から見ても、この領域全体に向けたメッセージになっているんです。
今井:それは間違いないですね。ひとつの事例に、いくつもの意味が重なっている。こういう事例を、これからも増やしていきたいです。
矢野:事例を積み重ねて、「これが、次のNPOの戦い方なんだ」と示せたら、みんなもっと報われると思うんです。 NPOには、本当にいい人たちが集まっている。その人たちが、確かな事例を手にすれば、もっと精度の高いモデルへと育てていける。だからこそ、こういう事例を地道に増やしていきたいんですよね。
今井:今回のユースセンターは、NPOと民間企業がどう手を組めば社会を変えられるのか、それを示すモデルにもなった。そう感じています。
矢野:そうですね。本来、NPOこそデザインやクリエイティブに100円を投資して、1万円分の効果を生み出せる領域のはずなんです。それを、NPOと民間が一緒に実現していく。今回のユースセンターが、その最初の一歩になればうれしいです。
今井:矢野さんとなら、その道をつくっていけるのではないかと、とても心強く感じています。これからも、よろしくお願いします。本日はありがとうございました!
インタビュー・執筆:株式会社ストーリーテラーズ/編集:熊井かおり
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