“世間よし”を形にしたかった──80年続く老舗が、ミナミの若者支援に踏み出した理由|株式会社心斎橋ミツヤ 常務取締役 小儀洋二さん
認定NPO法人D×P(ディーピー)は、多くの支援者の皆様からの寄付によって活動しているNPO法人です。
今回は、以前よりご支援いただいている株式会社心斎橋ミツヤ(以下、心斎橋ミツヤ) 常務取締役の小儀洋二さん(以下、小儀さん)と、認定NPO法人D×P理事長の今井紀明の対談をお届けします。
心斎橋ミツヤさんは、1943年に福島区野田にて創業、1947年に大阪・心斎橋に出店して以来、80年以上にわたって関西の食文化を支え続けてこられた老舗外食企業です。「心斎橋ミツヤ」「昔洋食みつけ亭」「ピッコロカリー」など、関西の方なら一度は耳にしたことのある外食ブランドを数多く展開されています。
地域に根ざした事業を営みながら、近年は社会貢献への取り組みにも積極的で、D×Pに対しても、寄付やユースセンターでの料理企画など、さまざまな形でご支援いただいています。なお、今回の記事の執筆には、株式会社ストーリーテラーズさんにご協力いただきました。
テントの保管場所から始まった、ささやかな関わり

今井: 最初の出会いを振り返ると、2022年頃でしたね。
当時、D×Pでは大阪ミナミの繁華街周辺に集まる若者たちに、テントを立てて飲み物や食べ物を提供する「フリーカフェ事業」を始めようとしていました。そうした動きのなかで、商店街の関係者の皆様にもいろいろとお話を伺おうと、スタッフのひとりが商店街の理事会へご挨拶に伺ったのがきっかけでしたよね。あの頃、小儀さんは商店街の理事をされていたんですよね。
小儀:そうですね。D×Pのスタッフの方が理事会に来られて、「こんな風に若者支援をしている方がいるんだ」と知ったのが最初でした。お話を聞いていくうちに、テントの置き場に困っておられるということがわかったんです。
聞けば、何本も筋を入った先のビルの2階か3階に、テントを置かせてもらっているとのことで。「運ぶだけでも大変ですよね」と。それで、「うちの倉庫を使ってもらったらいいんじゃないか」というところから始まったんです。
今井: 本当にありがたかったです。あのテント、しまうのも運ぶのも本当に大変で、スタッフも苦労していましたから。

小儀:当時、私もまだコロナ禍で本業の立て直しに必死な時期で、正直に言うと直接的に金銭的な寄付をすることには躊躇していた段階だったんです。でも、フリーカフェ事業に必要なお湯を貸すとか、倉庫に物を置いてもらうとか、それくらいのことであれば、私たちにもお手伝いできるなと。そう考えて、まずはできる範囲で関わらせていただくことから始めました。
今井: あの頃、本当に飲食業界は大変な時期でしたよね。
小儀:ええ。うちは2020年に本店を建て替えたんですけれど、オープンしたのが7月で、ちょうどコロナ禍の緊急事態宣言が明けた直後でした。インバウンドはゼロ、お客様もまばらで、2階なんてほとんど使えていない状態が続いていたんです。やっと少し落ち着いてきたのが2022年の秋頃で、「ようやく前を向ける」というタイミングで、D×Pさんとのご縁が始まったという感じでしたね。

“世間よし”を形にしたい──老舗が抱えていた問い

今井: 心斎橋ミツヤさんは1943年創業で、80年以上の歴史をお持ちです。NPOとの関わり自体は、これまでにもあったのでしょうか?
小儀:いえ、ほとんどありませんでした。ちょうど同時期に異業種交流会のようなところに顔を出すようになり、難病支援に取り組まれている方々と知り合う機会がありまして。
そういった方々は、活動を広く知ってもらう機会を求めておられるけれど、展示会の場所を借りるだけでもお金がかかってしまう。それなら「うちの2階を使ってもらえばいい」と。
支援団体の方々は活動を知っていただく機会になり、お客様にも社会課題を知っていただくきっかけになる。私たちも場所をお貸しすることくらいなら無理なくできますから、そうした関わりから、少しずつ意識が変わっていきました。
今井: 何か特別なことではなく、自分たちにできる範囲のことから始めていく──そういうお考えが、もともとおありだったんですね。
小儀:社風として、「三方よし」をすごく意識しているんです。売り手よし、買い手よし、世間よし。売り手よしと買い手よしは、企業として当たり前にやってきたことですけれど、「世間よし」のところをどう形にするかは、ずっと自分のなかで課題として残っていました。
今井: ちょうど「SDGs」──持続可能な開発目標という言葉が、企業の間でも広がってきた時期でしたよね。
小儀:ええ。「やらなきゃいけない」と思いながら、何をすればいいのか、きっかけを見つけられずにいました。意識は決して高い方ではなかったと、恥ずかしながら思います。ただ「何かせなあかん」という思いだけは、ずっと持っていたんです。
そんななかでD×Pさんと出会って、ヒントをいただいたという感覚でしたね。漠然としていたものが、少しずつ形になっていったという。
人に惹かれて、街への眼差しが変わっていった

今井: 最初の出会いから、もう4年近くになりますね。その間、ずっと関わり続けてくださっていることに、本当に感謝しています。改めて伺いたいのですが、ご支援を続けてくださっている理由は、どんなところにあるのでしょうか?
小儀:一番大きな理由は、D×Pのスタッフの方々の人柄に惹かれたことなんです。
テントの活動の時期に、5、6人のスタッフの方が出入りされていたんですけれど、皆さん本当にいい方ばかりで。「この人たちが頑張っているなら、自分も応援したい」と、個人的にそう思えたんですよね。
今井:ありがとうございます。日々、若者との関係づくりを大切にしているので、そう見ていただけたことがとてもうれしいです。スタッフにもぜひ伝えたいですね。
小儀:もうひとつ大きかったのは、商店街の理事や役員を務めさせていただくなかで、「D×Pさんは、地域と共に若者支援に取り組んでいきたいと考えている団体」だと実感できたことです。D×Pさんは、ただ若者を支援しているだけじゃなくて、街全体のことを真剣に考えてくださっている。だからこそ、信頼できると思えました。
今井:小儀さんがそこまで真剣に向き合ってくださる、その根っこにあるものを伺ってもいいですか?
小儀:そうですね、少し私自身の話をさせてください。
子どもは、家庭環境を選べません。両親も、祖父母も、親戚も、自分で選んで生まれてくるわけではない。それは千差万別で、恵まれる場合もあれば、そうでない場合もあると思っています。
私は幸い、恵まれた家庭環境に生まれ、家族や親戚に大切に育てられてきました。その恩恵をただ受けるだけで、自分は何もしない人生でいいのか──そう問われたら、私の答えはNOなんです。
今井:それが小儀さんの根っこにある考え方なんですね。
小儀:ええ。「自利と利他」という言葉があります。自分の利益になることだけで満足するのか、それとも他人の利益を願って行動するのか。この違いはとても大きいと思っています。
私は後者を自分の人生観としていて、与えられた環境に感謝するからこそ、利他の精神で社会に貢献していくことが、自分の使命だと感じているんです。三方よしの「世間よし」を大切にしたいという思いも、根っこは同じところにあります。
だからこそ、ミナミに集まる若者たちの背景を知ったとき、「自分や会社に何ができるだろうか」と自然に考えるようになりました。ただ正直に言えば、コロナ禍の真っ只なかは本業を立て直すことで精一杯で、その思いを行動に移す余裕がなかなか持てずにいたのも事実です。
今井:そんななかで、街との関わり方に変化が生まれたきっかけはありましたか?
小儀:こんなことを言ったら怒られるかもしれませんが(笑)、実は私、もともと大阪のミナミという街があまり得意じゃなかったんですよ。
今井:そうだったんですか?
小儀:私は兵庫で育ったのですが、心斎橋で働き始めた2007年頃はこの街の空気にうまく馴染めずにいたんですよ。
それが変わっていったのは、この街で出会った「人」を通じてでした。
たとえば、自治会で活動されている方のなかに、30年以上、毎日朝3時間、自転車でずっとごみ拾いを続けておられる方がいるんです。
今井:毎日、ですか。
小儀:毎日です。突然うちに電話がかかってきて、「あそことあそこのビルの間に草が生えとんねん。今のうちに抜いといてくれよ」って、そんなことを連絡してくださるんです(笑)。それぐらい、街のことを隅々まで見てくださっている。
そういう方とお話ししていくうちに、「なぜこの人は、この街にこれほどの思いを持っているんだろう」と考えるようになって。聞いてみると、皆さんそれぞれに事業を営んでこられた歴史があって、街への愛着があって。だからこそ、地域のために何かできないかと動いておられる方が多いんです。
そうした方々と接するうちに、ミナミという街の奥深さを知って、気づけば自分も、この街のために何かをしたいと思うようになっていました。
今井:ユースセンターは今、年間でのべ5,000人ほどの若者が利用するようになってきました。若者たちが安心して通える場所であり続けるためにも、地域の方々との関わりが大切だと、日々感じています。
清掃活動にも、ユースセンターに来ている子たちが参加させてもらっているんですよ。「ごみ拾い、楽しい」って言ってくれる子もいて。
小儀:ごみ拾いって、誰でもできるけれど、定点で続けていると意外な発見があるんですよね。タバコの吸い殻ひとつとっても、街の様子の変化が見えてくる。
オーバードーズに使われた市販薬の空き箱が、路地にまとめて捨てられていることなんかも、よくあるんです。ニュースで見聞きするような話が、実は自分たちの足元で日常的に起きている。社会課題は遠いところにあるんじゃなくて、すぐ隣に当たり前のようにある──そのことを、ごみ拾いを続けるたびに、繰り返し感じています。
今井:市販の風邪薬や咳止め薬を、本来の用量を大きく超えて大量に飲んでしまう、いわゆる「OD(オーバードーズ)」ですね。僕たちD×Pにも相談があります。
小儀:そうなんです。ニュースでは見聞きしていたけれど、こうして自分たちの街の路地に捨てられているのを日常的に目にしていると、やっぱり感じ方が違ってきますね。
料理を介したつながり、社員に芽生えた変化

今井: 昨年、ユースセンターで心斎橋ミツヤのスタッフさんがナポリタンとプリンをつくっていただいた企画がありましたよね。あれもすごく印象に残っています。
小儀:あのときは、幹部クラスの社員と一緒に伺いました。彼が中心になってやってくれたんですけれど、本当に楽しそうにしていて。「またやりましょう」と、彼の方から言ってきてくれたんです。
それでいま、D×Pのスタッフの皆さんとお話ししていて、夏前にかき氷の企画をやろうかと。せっかくだから、若者たちに自分でかき氷をつくってもらって、自分で好きなソースを選んでもらう。そういう体験型のかたちにすると、もっと面白いんじゃないかと考えています。
また、普段ユースセンターで若者たちと向き合っておられるスタッフの皆さんにも、そうした時間を少しでも楽しんでいただけたらと思っています。若者たちと一緒にかき氷をつくって、わいわい言いながら食べることで、今まで以上に自然な会話が生まれるかもしれません。そうした時間が、結果的によりよい関わりにつながっていけばと思っています。
今井: それは楽しみです。
小儀:かき氷って、夏祭りの記憶につながっていたり、皆がノスタルジックな気持ちになれる食べ物だと思うんです。我々ミツヤの社員にとっても、「地域の人たちと食を通じてつながる」という体験を肌で感じられる機会になる。「やって良かった」と思えることを少しずつ積み重ねていけば、社内にもD×Pさんの活動への理解が広がっていくと考えています。
結果として三方よし!弊社もD×Pさんも若者も、みんな喜ぶ事につながるはずです。私達のやってる事はそんなに難しくありません。自社のリソースを活用すれば、ちょっと考えただけで無限大の支援の可能性がある事を、少しでも形にして行きたいと思っています。
今井: 社員の皆さんへの広げ方について、何か意識されていることはありますか?
小儀:最初から大々的に広げようとはしていないんです。まず本店のスタッフから認知度を上げていって、共感してくれる人が一定数になってから、徐々に全体に広げていこうと。
うちは社員が100名前後いるんですけれど、いきなりトップダウンで「これに取り組みます」と言ってしまうと、捉え方も人それぞれですから。ナポリタンの企画をやってくれた彼のように、現場で「楽しかった」と感じてくれた人から自然に広がっていく方が、本物になると思っているんです。
今井: 料理が共通言語になっているんですね。
小儀:まさにそうですね。ご飯を一緒につくって、一緒に食べる。それだけで人と人の距離は確実に縮まります。我々が提供したことで、若者たちが心を開いてくれた瞬間が確かにあって、それは社員にとっても忘れられない体験になったと思います。
企業と地域が、若者を支えるためにできること

今井: 最後に伺いたいのですが、企業や地域の商店が、若者支援に対してできることは、どんなことだとお考えですか?
小儀:昨年、商店街のなかで「販促と寄付を組み合わせたような取り組み」を提案したことがあるんです。寄付そのものを前面に出す形は、立場や考え方の違いもあって、取り組み方としては慎重に検討する必要があります。
でも、販促活動にちょっとした社会貢献の要素を組み合わせる形なら、企業としても取り組みやすいし、お客様にも参加していただける。そういう仕組みを、どう具体的に育てていくかが、これからの課題だと感じています。
今井: 商店街の理事というお立場で、さまざまな世代の思いや考えを調整していくのは、本当に大変なことだと思います。
小儀:それぞれの世代で大切にしていることや、物事の受け止め方には違いがあります。でも、自分はその間をつなぐポジションでいたいと思っているんです。これは私の人生観のようなものですが、世代と世代をつなぐことに、自分の役割があると感じています。
D×Pさんとの関わりについても、まずは地域のなかで自然に関係を重ねていくことが大切だと思っています。たとえば、ごみ拾いにD×Pのスタッフの方が参加してくださる中で、少しずつ顔の見える関係ができてきていて、徐々に商店街のなかに入ってきてくださっている実感があります。そういう積み重ねこそが、本当の意味での地域連携になっていくのだと思っています。
今井: そうした積み重ねは、若者支援の現場でも本当に同じだと感じています。ユースセンターには、100回以上通ってくれている子もいるんですよ。最初は相談する気がなかった子が、長く通い続けるうちに、ふとしたきっかけで相談につながっていく。時間をかけて関係性をつくることが、結果的に支援になっていくんです。だからこそ、地域の方々との関わりを大切にさせていただきたいと思っています。
小儀:人と人との信頼関係は、すぐにはできないものですからね。だからこそ続けていくことに意味がある。
私自身も、今後はもっと社員を巻き込みながら、心斎橋ミツヤとしてできることを少しずつ増やしていきたいと思っています。かき氷の企画もそうですし、食を通じた関わりは、私たち外食企業にとっていちばん自然なかたちですから。
「この街に心斎橋ミツヤがあって良かった」「大阪の心斎橋ミツヤには、こんな価値もあったんだ」──そう思っていただけることが、3代目である私たちの使命のひとつだと感じています。地域の方々や若者たちと、これからも丁寧に関係を重ねていきたいですね。
今井:老舗の外食企業さんが、地域の若者支援に踏み出してくださっていること、本当に心強いです。今日のお話を伺って、「世間よし」を形にしていく道のりは、小儀さんがそうされてきたように、目の前のできることをひとつひとつ重ねていくことから始まるのだと、改めて感じさせていただきました。
本日はありがとうございました!

