D×Pタイムズ
D×Pと社会を『かけ合わせる』ニュース
D×P×ユキサキライター

あなたは、「努力すればむくわれる」と思いますか?

私は10代の頃「日本は努力すれば報われる社会だ」と信じていました。
大学受験で合格して大学生になって、毎日楽しく過ごしていられるのは、高校生の時に自分が受験勉強を頑張ったからだと本気で思っていました。
だから「正しい方向の努力」「必要十分な量の努力」を積み重ねることが大事だと思っていたし、そのようなことを言っているビジネス本や成功者の言葉を、その通りだなと受け取っていました。

正直に言うと、多分今でも多くのことは努力したら報われることだと思っています。だから、少しでもマシな社会にしたいと思って、活動に邁進できています。しかし同時に、私が「努力すれば報われると思う」と今思っていることと、今の日本社会が「努力すれば報われる社会」であるかというのは別であるとも認識しています。

そんな話を共有したいと思ってこの文章を書いていますが、先に私の自己紹介を。能條桃子と申します、私は若い世代の政治参加を促進するNO YOUTH NO JAPANの代表をしています。最近は被選挙権年齢引き下げを目指して公共訴訟やアドボカシー活動をしたり、FIFTYS PROJECTというジェンダー平等実現を望む20代・30代の女性、ノンバイナリー、Xジェンダーの立候補を呼びかけて応援する活動をしたりしています。

さて、話を戻しまして、なぜここで「努力すれば報われると思うか」という話をしたくなったかというと、先日行われたこんなD×Pの調査を見たからです。

「日本は、自分が努力すればむくわれる社会だと思いますか?」という質問に対して、「あまりそう思わない」が約39.7%、「全くそう思わない」が22.9%、あわせて62.6%が「思わない」と答える結果となっていました。

このアンケートは、ユキサキチャット(D×Pが運営する不登校、中退、経済的困難など10代のためのLINE相談窓口)の登録者を対象に行なわれたもの。回答している若者たちの多くが経済的・精神的に不安を抱えていることが明らかになっており、深く考えさせられました。

「公正な受験競争」は本当に「公正」なのだろうか

実は、内閣府にもこんなテーマの調査があります。「こども・若者の意識と生活に関する調査 (令和4年度)」では、「努力すれば希望する職業に就くことができると思うか」という問いに対して、家の暮らし向き(衣・食・住・レジャーなどの物質的な生活水準)について「上」と答える人は78.6%が「当てはまる」「どちらかといえば当てはまる」と回答。

一方で、家の暮らし向きについて「下」と答える人は「当てはまる」「どちらかといえば当てはまる」が38.6%、60.7%が「当てはまらない」「どちらかといえば当てはまらない」と答えています。

つまり、どのような家庭環境か、経済状況かということが社会認識や将来への展望にも影響することが見えてくるのです。

先ほど自己紹介で書いたように、私は政治に参加する同年代を増やしたいなと思って活動をしています。今から4年前の大学4年目だった2019年に団体をつくりました。そこから活動を展開していく中で、メディアにコメンテーターとして出演すれば求めに応じて自分の意見を言う場がありますし、国会議員や地方議員など、政治家と言われる人と会う機会もあります。

そのような中で、「声を上げたら意外と届く」「社会に対して同じ問題意識を持つ仲間がいる」ということも実感できていますが、たまにモヤモヤすることもあります。
それは政治家に、「最近の若者は何を思っているの?」など「若者」が一つの塊であるかのように指して、私が「若者代表」のような扱いをされる時です。なぜなら、自分が「若者代表」のように扱われ、私がマイクを持つことによって、 “ないこと” にしてしまっている問題があるような気がしてならないからです。

例えば、私は慶應義塾大学経済学部を卒業しましたが、同級生の大多数は首都圏出身でまた中高一貫校出身でした。地方出身で下宿している人は少なく、女性はさらに少ないという状況がありました。家庭間の経済格差が広がっていく中で、また首都圏に人が集まり教育ビジネスが加速していく中で、「公正な受験競争」は「公正」とは言いがたく、機会の平等が担保されなくなってゆく背景があったと思います。学校で時間を過ごしていた時は自分の特権性には目を向けず、自分の努力のおかげでここにいると感じていましたが、振り返れば振り返るほど、それだけではないのです。

「若い子は元気でいいね」で本当に大丈夫? 政治が見逃している声

先ほどのD×Pの調査でも、「日本は、自分が努力すればむくわれる社会だと思いますか?」という質問についての自由回答でこのような言葉が並んでいました。

「社会のメインストリームからドロップアウトした途端に社会で生きることが大変になると感じた。」
「親ガチャが全てじゃないですか?」
「生育環境によって大きな差があると思います。自分の努力ももちろん大切ですが、それ以前に大学に行くことのできる学費がなければ、私は進学したくても諦めるからです。」
「努力したところで、勝者は家柄や収支や資格の人達だらけ。 私のような病気で薬だらけの生活を送っていて障害者で差別を受ける身分からしたら努力したって無駄って思う」

このような言葉の数々は、私にマイクを向けられても出てこない言葉だと思います。私には私が感じるこの社会での生きづらさがあり、希望が欲しくてこの活動をしていますが、私を「若者代表」のように扱って、私を呼んで「若い子は元気でいいね」などと言って話を聞いたことにして、今の若い世代が抱える問題の多面性に目を向けずに認識されてしまえば、このような言葉は聞かれないまま終わってしまいます。このような言葉こそ政治家に届いてほしい声です。

もしかすると、D×Pの調査で集まった言葉を見た時、少し前の私であったら罪悪感のようなものを感じていたかもしれません。今の私があるのは自分の努力の前に家庭環境やこれまでの生育環境があったからだったと、自分の持つ特権性、つまり自分が努力する前に既に持っていたものの存在に目を向けるようになればなるほど、自分が「正当に」ここにいるのではなく、「ズルをして」ここにいるのではないかと感じるようにもなっていました。

しかし、「特権性」はある部分もない部分も自分で選んだものではなく、だからこそ、自分には見えていないものがあると認識すること、そして自分の恵まれていた部分を活用して構造を変えるために自分ができることをすることが大事なのではないかと今は思っています。

困っている若者の「声が届く」を実現するためには?

日本は自民党政権下で、自助や家族の責任を大きくし、公助は「どうしてもの時だけ」としてきました。そのような社会で、政治が聞くべき声を矮小化してきた背景があります。

私たちの世代には、「よく覚えているのは安倍政権から」という人も多いと思いますが、第二次安倍政権(2013年)の際、「「頑張った人が報われる社会」、これが私の内閣が目指す経済政策の目標です。安倍内閣が放った「三本の矢」が、企業の利益や株価を上げることにとどまってはなりません。頑張って働く人の所得を増大させ、一人一人の暮らしの向上につながるかどうか、これが私の経済政策の成否を決します。」という発言がありました。

また、「安倍内閣としては、自立自助を基本に、そして共助、公助、社会の助け合いもしっかりと構築をしていく中においてすばらしい社会をつくっていきたいと思うわけであります。」という答弁もありました。

自民党が「頑張った人が報われる社会」という言葉を使うとき、それは個人の背景にある社会的な格差の是正、介入ではなく、自立自助、家族や共助に軸足を置いてきたことがわかります。では、そのような態度で社会を設計してきた政治に対して、D×Pの調査で上がってきたような声が届く社会をつくるためにはどうしたらいいのでしょうか?

私たちができることとして、2つのことがあると思います。

1つ目は「被選挙権年齢」の引き下げです。日本では18歳から投票できますが、立候補できるのは25歳、30歳となっています。当事者の代表がいないから問題が問題として扱われていないことが多くあります。声を届ける相手として、政治家側にも同年代を増やす必要があります。また、多様な若い世代が代表となれるような環境づくりも欠かせません。

2つ目に「声を届ける」という面についても「若者支援」が必要だということです。D×Pさんのように、若者を支援する団体では、まず目の前の若者の暮らしの支援が最優先で行なわれます。それ自体はとても素晴らしく必要なことです。(本来公助がするべきこともあるかもしれませんが)この支援活動で救われている大勢の人たちがいます。

その先に、私は困難を抱える若者の「声を届ける」ための支援も必要なのではないかと思っています。
NO YOUTH NO JAPANやFIFTYS PROJECTの活動をしていて学んだことは、ひとりひとりの声では変わらなくとも、それが束になり、組織になった時に変化があるということです。ただ同時に、このように「若者」が「若者」のために当事者としてアドボカシー活動をしていると、活用できる助成金などがほとんどなかったり、そもそもそのようなノウハウや余裕がなかったりするという現実に直面します。

もっと政治家と当事者の活動をつなげる中間団体の存在が必要ではないでしょうか。今、現役政治家に困っている当事者のリアルな声が届くルートが、あまりにも少なく、弱いと感じています。

声が上がるのを待つのではなく、声を聞きに行き、言葉にして、一緒に届ける。あるいは、政治家に直接声を届ける術を持たない若者が、「ここなら聞いてくれる」と思える場所・存在になる。

私もその「つなぐ」役割を担えたら……今後の活動について考え続けています。

書いた人: 能條 桃子さん

1998年生まれ。2019年、若者の投票率が80%を超えるデンマークに留学し、若い世代の政治参加を促進するNO YOUTH NO JAPANを設立。Instagramで選挙や政治、社会の発信活動(現在フォロワー約10万人)をはじめ、若者が声を届けその声が響く社会を目指して、アドボカシー活動、自治体・企業・シンクタンクとの協働などを展開中。2022年、政治分野のジェンダーギャップ解消を目指し20代・30代の地方選挙への立候補を呼びかけ一緒に支援するムーブメントFIFTYS PROJECTを行う一般社団法人NewSceneを設立。

企画・構成:清藤千秋(株式会社湯気)/編集:熊井かおり

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