しあわせを追求する会社が、知らなかった世界と向き合うまで|フェリシモ 代表取締役社長 矢崎和彦さん
認定NPO法人D×P(ディーピー)は、多くの支援者の皆様からの寄付によって活動しているNPO法人です。
今回は、以前よりご支援をいただいている株式会社フェリシモ(以下、フェリシモ) 代表取締役社長の矢崎和彦さん(以下、矢崎さん)と、認定NPO法人D×P理事長 今井紀明の対談をお届けします。
「しあわせを追求する会社になろう」──兄からのバトンを受け継ぎ、『しあわせ社会学の確立と実践』という理念を掲げ経営を続けてこられた矢崎さん。
災害からの復興や森づくり、海外の子どもたち、動物保護活動、そして若者支援まで、幅広い社会課題解決に事業を通じて取り組んでこられました。
この記事では、矢崎さんが経営者として大切にされている想い、D×P支援の理由、企業とNPOの持続可能な関係性についてお話を伺いました。
なお今回の記事も、株式会社ストーリーテラーズさんにご協力いただきました。
兄から受け継いだバトン──「しあわせを追求する会社」という選択

今井:矢崎さんとお会いしたきっかけは、矢崎さんが主催されている「CONNECT」という経営者や各分野で活躍している方々の集まりでした。あの時は僕も神戸に移り住んだばかりで、CONNECTを通じていろんな方とのご縁をいただきました。
矢崎:そうでしたね。それが、今井さんとのご縁が始まりでしたね。
今井:当時から、フェリシモさんの活動には「しあわせを軸にした理念」があると感じていました。そこで改めてお伺いしたいのですが、「しあわせを追求する」という想いはどのように生まれたのでしょうか?
矢崎:きっかけは先代の社長である兄の存在です。兄は私より13歳年上でしたが、京セラ創業者・稲盛和夫さんが創設された『盛和塾』の創設に関わったり、文化的・学術的なフォーラムを頻繁に主催するなど、理念に生きる人でした。
そんな兄が「45歳で社長を退く」と言い出したのは、私が30歳になる前の頃でした。そして実際に私が社長を継ぐことになるのですが、その際、「理念をバトンにしよう」と決め、「しあわせを追求する会社になろう」という方針を明確に掲げました。
そして社名も、当時の「ハイセンス」から、最大級で最上級のしあわせを意味する「フェリシモ」という言葉を創り出し社名を変更しました。
今井:なるほど。それがフェリシモの原点なのですね。
矢崎:そうですね。でも、しあわせについて考えれば考えるほど、その対極にある“不しあわせ”の存在も浮かび上がってきました。そこで、「うまくいっていない課題の解決」と「しあわせになるための可能性開発」──この二つを両輪として進めていくことが大切だと考えるようになりました。
しあわせには二つの種類があると思うんです。それは、「相対的なしあわせ」と「絶対的なしあわせ」です。相対的なしあわせは、他者との比較の中で成り立つもの。たとえばオリンピックでは、金メダリストが生まれる一方で、その陰には数えきれない敗者がいます。戦争も同じで、勝者が喜ぶ裏で、敗者は苦しむ。
一方、絶対的なしあわせは違います。それは、ひとりひとりの内側にある、比較によって揺らぐことのないしあわせです。大谷翔平選手を見ても感じるのですが、もし彼が「勉強も」「美術も」とすべてを平均的に頑張らされていたら、今のような姿はなかったでしょう。
自分の最も得意なことを徹底的に伸ばしきった先にこそ、絶対的な価値やしあわせの極みがある。
つまり、絶対的なしあわせとは人の数だけ存在するのだと思います。
今井:素晴らしい考え方ですね。「課題の解決」と「しあわせの可能性開発」という両輪を掲げてこられた中で、環境問題や動物保護など、幅広い社会課題にも取り組まれてきたのですね。
“事業性・独創性・社会性”──三つの輪が重なる場所をめざして

今井:フェリシモさんが環境問題に取り組まれたのは、かなり以前からですよね。
矢崎:はい。環境問題については、1990年頃から取り組み始めました。当時は環境問題が大きく報道されていて、社会全体が注目していた時期でした。
ただ、報道を見ているうちに強い違和感を覚えたんです。多くの人が「問題だ」「課題だ」と指摘するばかりで、「では、どう解決していくのか」という具体的な議論がほとんどなかったんですよね。
今井:そうした時期がありましたね。ちょうどリオ・デ・ジャネイロで開催された地球サミットの頃ですよね。
矢崎:そうです。リオのサミットにも当社は協賛しましたが、それだけでは十分ではないと感じ、自分たちにできることをしっかり実行しようと思いました。
フェリシモには多くのお客さまがいらっしゃり、継続的にご利用いただける関係性があります。情報を届け、注文という情報が返り、商品を届けると、お金が循環して戻ってくる。
その仕組みを活かせば、社会のためにできることがあるのではないかと考えました。
そこで、森基金をつくり、お客さまに向けて「月々100円で一緒に森をつくりませんか。1か月だけの参加でも、継続でも構いません」と呼びかけを始めたのです。
すると、すぐに約2万人のお客さまが賛同してくださり、継続的に毎月300万円ほどが集まるようになりました。現在では累計約4.7億円となり、植林本数は2871万本以上にのぼります。
今井:4.7億円を超えているんですか!すごい規模ですね。
矢崎:そうですね。 その後発足したさまざまな基金を合わせると、お客さまから集まった基金は累計32億円を超えます。お客さまの中には、「景品と交換したけれどポイントが余っている」という方や、「もう自分は十分だから」と寄付に回してくださる方も少なくありません。そうしたお客さまの温かな心に支えられていますね。

今井:それが成り立つのも、フェリシモさんの企業文化や風土があってこそですよね。支援や寄付という考え方が、自然に事業の中に溶け込んでいる印象があります。
矢崎:はい。フェリシモは「事業性・独創性・社会性」という三つの円が重なるところをめざしています。
資本主義の枠組みの中で活動していますが、いつかこの三つの輪がすべて重なる社会を実現したい──そんな思いを日頃から社員に伝えています。
もちろん、資本主義そのものを否定するわけではありません。ただ、それに偏りすぎるとバランスを欠いてしまいますから。
今井:理想と現実の間で、矛盾するものを両立させるのは並大抵のことではありませんよね。
矢崎:そうですね。実際は、思った以上に簡単なことではありません。実行に移すには難しいことも多いですから。けれども当社には、こうした理念に共感して「一緒にやりたい」と思ってくれている社員が多いんです。
理念そのものが好きで入社してくれる人たちです。
制度は一日で変えられても、風土が変わるには時間がかかります。当社はそうした意味で、理念がしっかりと風土として根付いている会社なのだと思います。
「正直、ピンとこなかった」──知らなかった若者の現状

今井:矢崎さんが若者支援に関心を持たれたきっかけは何だったんでしょうか?
矢崎:それで言うと、きっかけは今井さんとの出会いです。正直に言うと、当初はあまりピンときていませんでした。
私自身、幼少期に今日食べるものに困ったことはなく、周囲にもそうした人はいませんでした。だから、若者の貧困や孤立といった現実を、具体的に思い描くことができなかったんです。しかし、実際には多くの若者が孤立や経済的困難の中で苦しんでいることを知りました。
当社でも、子どもや外国人、動物愛護などさまざまな支援活動を社員とともに進めていましたが、「若者支援」という視点はありませんでした。
ですから、D×Pさんとの出会いは大きな衝撃でしたし、これまで使ったことのない“脳と心”を使うような、新しい経験だったと思います。
今井: 実際に、国立大学の学生からも相談が寄せられています。親に奨学金を使い込まれ、生活が成り立たないというケースもあるんです。
そうした中、フェリシモさんからは「たすけあい基金」を通じてご支援をいただきました。現在はフェリシモメリーで応援いただいています。本当にありがとうございます。
矢崎:「たすけあい基金」は、お客さまが月々100円から寄付できる仕組みです。森基金と同じように、一度だけの寄付も継続的な寄付も選べるようになっています。

今井:その仕組みが素晴らしいですよね。最近はX(旧Twitter)などのSNSでも「フェリシモのポイントで寄付できますよ!」と紹介する方もおられます。D×Pでは、その寄付を活用して、LINEでの相談支援や食糧支援、繁華街でのアウトリーチ活動などを行うことができているんです。
NPOにも求められる、自立のための仕組みづくり

今井:いろんな経営者の方にお聞きしているのですが、矢崎さんはNPOという存在をどのように見ておられますか?
矢崎:NPOは「非営利団体」ではありますが、自ら収益を生み出すことで自立できると思いますね。その方が、長期的には確実に良い。私はずっとそう伝えてきました。
神戸は阪神・淡路大震災以降、NPOの数が日本で最も多い地域だった時期があります。私たちも基金の活動を通じて、震災時には多くの支援活動を行い、さまざまなNPOの方々と出会いました。
ただ、こうした支援の熱はいつか必ず冷めるものなんです。
今井: たしかに、支援の熱が冷めていくというのは、どんな時代にも共通する課題ですね。熱が冷めれば、活動の持続も難しくなります。
矢崎:そうなんです。震災直後は国や自治体も支援資金を出しますし、ボランティアもたくさん集まりますが、時間が経てば意識は次第に薄れていきます。
なにせ社会には、他にも取り組むべき課題が山積していますから。
今井:僕たちも寄付型の活動ですが、資金の確保は重要視しています。企業で言えば経常利益のようなものを10%は確保する。そうしておかないと、企業や行政が対応できない課題に対して、緊急支援が必要なときに動けないからです。
矢崎:それは本当に大切ですね。加えて、やはり自ら収益を生み出す仕組みをつくることも重要だと思います。
本業の枠組みの中で、社会貢献を持続させる

今井:矢崎さんは、企業が社会貢献に取り組む際、どのようにしてNPOや自社の本業との関係を築いていくべきだとお考えですか。
矢崎:よく企業のCSR部門の方などから「どのような取り組みをすればよいでしょうか」と相談を受けますが、私がいつもお伝えしているのは「本業と関係のないことは無理にやらない方がいい」ということです。
たとえば銀行であれば銀行のビジネスモデルがあり、製造業であれば製造の仕組みがあります。その枠組みの中でできることに取り組む方が、持続性が高まります。
よくありますが「利益が大きく出たときだけ寄付をする」といった形では継続が難しい。
しかし、本業の中で社会的な価値を生み出すことができれば、事業性と社会性を両立させることができ、結果として持続可能になると思います。
今井:つまり、企業としての仕組みを活かして社会貢献を行うということですね。
矢崎:そうです。当社の場合でいえば、情報を届ける機能、商品を発送できる機能、そしてお金の流れ──この三つの仕組みを活用しているだけです。
企業によって強みや仕組みは異なりますから、それぞれの事業の上に社会貢献を重ねる形が望ましい。そうすることで、持続可能性が高まり、実現力も格段に上がります。
たとえば製造業が「猫の保護活動を行う」といって基金を設立しても、資金の集め方に無理が生じるでしょう。「では社員から寄付を募るのか」といっても、従業員の拠出だけでは長続きしません。
今井:なるほど。確かに、企業によって取り組むべき形はそれぞれですね。
矢崎:その通りです。たとえば若者支援でも、製造業であれば先端技術の研究者を育成するとか、家庭の事情で進学が難しい理系人材を支援するとか…その企業ならではの最適な形があるはずですね。
知ることから、すべては始まる

今井:最後に、この記事を読まれる方にお伝えしたいことはありますか?
矢崎:先ほどもお話しした「課題の解決」と「しあわせの可能性開発」。この二つが、私たちの根幹のテーマです。
課題の中には、これまで自分たちが認識すらしていなかったものもあります。そうした課題が見えてきたとき、それが自分たちの力で関わるべき領域だと感じたなら、迷わず行動することが大切だと思います。
多くの経営者の方も、私と同じように「若者がそんな状況にあるとは知らなかった」と感じるはず。自分の感覚だけでは見えてこない現実があります。だからこそ、まずは“知ること”が大切ですよね。
今井:「知らない世界を知る」ことが第一歩ですね。
矢崎:そうです。そして、もし関心を持ったなら、自社の本業の枠組みの中でできることを考えてみてほしい。それが、持続可能な支援へとつながっていくと思います。
私自身、D×Pの活動を通じて、新しい世界の見え方を得ることができました。
今井:ありがとうございます。矢崎さんのように、企業として長く支援を続けてくださる方の存在は、私たちにとって本当に大きな力になっています。
これからも、ひとりでも多くの若者が自分の可能性を開いていけるよう、活動を続けていきたいと思います。
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