「居場所」と「働く」のあいだに橋を架ける—「君は未知数」活動での協業の背景にあるもの|サントリーホールディングス 一木典子さん
認定NPO法人D×P(ディーピー)は、多くの支援者の皆様からの寄付によって活動しているNPO法人です。
今回は、サントリーホールディングス株式会社(以下、サントリー)でCSR推進部長を務める一木典子さん(以下、一木さん)と、認定NPO法人D×P理事長 今井紀明の対談をお届けします。
D×Pは現在、サントリーが推進する子ども・若者のエンパワメントを目的とした活動『君は未知数』に参画しています。2025年12月からその取り組みのひとつとして、若者の「働く一歩」を支える飲食の仕事体験プロジェクトをスタートしました。
『君は未知数』は、思春期世代(10代〜20代半ば)の子ども・若者が、自らの未知なる可能性に気づき、それを育む機会や環境を地域や社会に広げていくことをめざす取り組みで、同じ志を持つNPO等の挑戦を後押しするために立ち上げられました。
ではなぜ今回、両者が協業するに至ったのか。
その背景や、プロジェクトが形になるまでの過程、そして大手企業とNPOが協業することの意味について、お二人にじっくりと語っていただきました。
なお、今回の記事も株式会社ストーリーテラーズさんにご協力いただきました。
見過ごされがちな、若者の「居場所」とそこへの支援

今井: まずお聞きしたいのは、一木さんが「若者にとっての居場所づくり」をとても大切にされている理由です。そこに目を向けられた背景を教えていただけますか。
一木:私自身、2人の子どもを育てる中で、保育園不足や学童不足を当事者として感じてきました。対策も少しずつ進み、保護者が働きやすくなるための制度は整ってきていると思います。
まだ十分ではないにせよ、確実に前に進んでいる。
でも、それはあくまで「親側」の視点なんですよね。
では、子どもたち自身はどうなのか。何を感じているのか。社会や地域とのつながりが薄れていく中で、孤立や居場所の問題はどうなっているのか。
そこへの対応は、どうしても後手に回りやすいと感じていました。
若者支援の分野でも同じです。
食事支援や学習支援、就労支援は成果が見えやすい。だからこそ取り組みやすい面があります。でも、その前段階にある「つながり」や「安心できる場」は、どうしても手薄になりやすい。
けれど本当は、安心できる場があって、元気や意欲が戻るからこそ、次に進める。
その順番を支えることが大切だと思っていました。
そうした思いは、このプロジェクトを進めるうえでも、私自身の中にずっとあるものです。
今井:本当にその通りですよね。ただ、学習や就労のように成果が見えやすい支援と比べると、「居場所」や「つながり」といった目に見えにくい領域に企業が関わるのは、決して簡単ではないと思います。
社内で利益の一部を投じるとなれば、理解や説明も必要になりますよね。
一木:そうですね。でも、行政では成果が見えにくい領域にはなおさら手が出しづらいこともあるからこそ、私たちのような民間の自由度の高い資金に意義があると思っています。
見えにくいからこそ、後回しになりやすい。
でも本当に大切なのは、そういう土台の部分です。
だからこそ、私たちがそこをしっかり担いたいと考えています。
サントリーが今回NPOと協業する意味とは

今井:また今回は、寄付だけではなく、「協業」させていただく点も、とても大きな意味があると思っています。そのあたり、どうお考えですか?
一木:次世代エンパワメント活動『君は未知数』の根幹にあるのは、サントリーが直接支援するよりも、現場で若者と向き合い、リアルに課題解決に取り組み続けてきたNPOの皆さんと一緒に進める方が、より確実かつ本質的に課題にリーチでき、インパクトにもつながるのではないか、という考え方です。
当事者との関係性や現場の知見は、私たちではなく団体の皆さんが一番持っている。だからこそ、そうした方々と共に取り組む形がいいよね、というのが出発点でした。
そのうえで、公募等を通じてリサーチを進めていく中で、ある課題がよりはっきりしてきました。
居場所で元気を取り戻しても、実際に社会に出たときに『社会とつながり続ける過程』でつまずいてしまう若者が多いということです。
そこをどう支えるかが、私たちにとって次のテーマだと確信しました。
そうした視点で改めてD×Pさんの活動を拝見したとき、大阪・ミナミの繁華街という場所でユースセンターを運営し、居場所づくりだけでなく、その先の社会復帰のステップまで見据えて動いておられる姿がありました。
「まさに、こういう団体とご一緒したい」と思い、ご連絡させていただいたんです。
今井:ありがとうございます。そう言っていただけてうれしいです。
大阪・ミナミの繁華街で運営しているユースセンターには、年間のべ5,000人ほどの若者が訪れます。住所は非公開で、開いているのも週2回。それでも、ここに辿り着く子がいるんです。
来る子たちの背景は本当にさまざまで、虐待を経験していたり、家出をしていたり、今日のご飯や寝る場所さえ不安定な子もいます。スマホやSNSの影響もあって、地域に居場所がないまま繁華街に流れ着いてしまうこともあります。
まずは安心して暮らせる土台がないと、「じゃあ明日から働こう」と簡単には言えません。
勇気を出してアルバイトを始めても、人間関係のトラブルがありすぐ辞めてしまい、また自信をなくして戻ってくる—
そういう場面も何度も見てきました。
一木:日々の暮らしの土台が整っていなければ、いきなり次の段階に進むのは難しい、ということですね。そして、適切なステップやサポートがなければ、勇気をだして踏み出したり歩み続けることが難しい。
今井: そうなんです。だからこそ、居場所で受け止めるだけで終わらせず、その先につながる「橋」をどうつくるか。居場所と働くあいだの溝をどう埋めていくかは、僕たちにとってもずっと大きな課題でした。
一木:本当にタイミングが合ったのだと思います。
実は以前から、D×Pさんの活動は耳にしており、今井さんのお話を伺って今回一緒に取り組む意義があると感じました。今回このようなご縁をいただけて、本当にうれしく思っています。
「居場所」と「働く」のあいだを、飲食体験でつなぐ

今井:少し元気を取り戻しても、いきなり外の社会に踏み出すのは、やはりハードルが高いですよね。
その間をどうつなぐか—
その壁を少しでも低くするために始めたのが、「食」を通じた就労体験でした。
一木:「食」の力は、本当に大きいですよね。
実は、私の身近に不登校だった知人のお子さんがいて、その子が回復する大きな転機になったのが、近所の飲食店でのアルバイトでした。
良いチームの中で、「自分の居場所がある」「役に立てている」と感じながら、少しずつ元気を取り戻していった。そこから高卒認定を取り、進学し、就労へとつながっていきました。
その姿を見てきたからこそ、「一緒につくる」「一緒に食べる」ことが生む安心感や、役割を持てることの大切さを、この取り組みでも大切にしたいと思いました。
ユースセンターに来ている子たちが、自分たちでメニューを考え、調理し、実際に寄付者の方々に振る舞う—。
この一連のプロセスを走らせてみて、今井さんから見た手応えはいかがですか?
今井:正直、最初は「最後までやりきれるかな」と話していた部分もありました。でも、みんな想像以上に前向きで、僕らも驚いているくらいです。
やはり、自分の役割がそこにあると感じられること。そして何より、つくった料理を「おいしい」と喜んでもらえる経験が、そのまま彼らの自信に直結しているのだと思います。
外の飲食店へ行くのはまだ難しくても、ここでの調理や配膳を通じてなら、少しずつ社会との接点を持ち直していける。
居場所と社会のあいだに、もう一段階の“橋”がかかり始めている感覚があります。
一木:君は未知数のアドバイザーの先生から教えて頂いたのですが、「一緒につくる」「一緒に食べる」ことには、言葉がなくても他者への共感や信頼を生む力があるそうなんです。
同じものを食べて「おいしいね」と感じるだけでも、人はつながりを実感できる。
そう考えると、飲食の現場にはやはり大きな可能性がありますよね。サントリーとしても、飲食店のみなさんとのつながりを活かしながら、居場所から社会へ踏み出す“橋”を少しずつ広げていけたらと思っています。
寄付ではなく「共につくる」という姿勢

今井:少し話は変わりますが、今回印象的だったのはサントリーさんとの進め方です。
これまでの法人寄付では、中小企業の経営者さんが多く、意思決定がスピーディーで、比較的早く形になることがほとんどでした。
でもサントリーさんとは、半年ほどかけて、企画の根っこから一緒に対話を重ねてきました。大手企業の方とゼロから形にしていくのは初めての経験で、とても勉強になりました。
一木:こちらこそです。自分たちの進め方は本当に合っているのか、負担になっていないか、パートナーとして向き合えているか—常に自分たちに問いながら進めてきました。
今井:サントリーのみなさんとご一緒していると、僕自身、背筋が伸びる思いなんです。単なる「支援者と支援先」ではなく、最初から対等なパートナーとして接してくださっていると感じています。
一木:そう言っていただけるのはうれしいです。
私は以前、CVC(Corporate Venture Capital)やベンチャー企業の成長を支援するコミュニティづくりに関わっていました。その経験から言うと、NPOとの協業も本質は近いと感じています。
文化も規模も違う組織同士が、同じ目的に向かって進む。
だからこそ、進め方や足並みを丁寧にすり合わせることが欠かせません。
CVCも今回のNPO支援でも、立場上、資金提供者側が強く見えてしまうことはある。でも、よいCVCはそうではなく、信頼して、時に共に汗をかいてくれるとベンチャー企業から聞いたことがあります。私たちもそうありたい。
ただ、たとえ私たちがそうありたいと思っていても、支援を受ける側は遠慮してしまったり、言いたいことを飲み込んでしまったりすることがある。それが構造として起こり得る、という前提に立つことが大事だと思っています。
だからこそ、「私たちは対等なパートナーです」「私たちに気を遣うのではなく、共にアジェンダに向き合い、その実現にとって何がよいかで判断しましょう」とあえて言葉にする。
足並みは揃っていますか、と確認し続ける。
それは“優しさ”というより、共に取り組んでいるチャレンジの成功確率を高めるための姿勢です。
お互いの「らしさ」を活かし合いながら、課題解決に向かっていくための、必要な対話だと思っています。
NPOだから特別、ということではなく、私の中では、とても自然なことなんです。
今井:すごく大切な視点ですね。お互いの強みで成功確率を上げていく、ということ。
そう言っていただけると、僕たちも遠慮せずに、しっかり向き合って形にしていこうと、あらためて背筋が伸びます。
協業する上での、”アンラーニング”の大切さ

今井:企業とNPOでは、文化もスピード感も違いますよね。進める中で、難しかったことはありましたか。
一木:ありますね。企業はどうしても短期で数字を追いますから、テンポが速くなりがちです。
でも若者支援は、時間がかかるものです。
だからこそ私たちは、「いま急ぎすぎていないか」と常に自分たちに問いかけるようにしています。必要であればスローダウンする。そういう“アンラーニング”も大切にしてきました。
今井:「無理に進めなくていい」「立ち戻ってもいい」と言ってもらえるのは、現場として本当に助かります。
一木:もう一つ、私たちが特に意識しているのが、先程も少し話しましたが“権威勾配”です。
どうしても、お金を出す側・受ける側という構図ができてしまうと、たとえフラットにやりたいと思っていても、現場の判断が歪んでしまうことがあります。
私たちが何も言わなくても、支援を受ける側は遠慮したり、無理をしたり、言いたいことを飲み込んでしまうことがある。そういう構造は起こり得る、という前提で向き合うことが大事だと思っています。
もちろん、それでもズレは生まれます。だから年に一度は合宿形式で丸1日かけて振り返りを行ない、成果と課題を整理しながら、次を一緒に決めていく時間をつくっています。
社内理解を広げることも、同じくらい大切な取り組みです。
そのため、今井さんに社内で講演していただく機会もいただきました。私たちが説明するよりも、実践者に現場のリアルを直接語っていただくほうが、ずっと説得力がありますから。
D×Pさんとも、そうした対話の機会をこれからも増やしていけたらうれしいですね。
未来への投資を、止めてはいけない

今井:ここから先の、このモデルの広がりや未来については、どのようにお考えですか?
一木:まずは大阪・ミナミの繁華街モデルを、しっかり形にすること。そのうえで、福岡や札幌のような地域にも広げていけるよう、政策提言も含めて働きかけていけるといいですよね。
サントリー一社でできることには限界があります。だからこそ、仕組みとして広げていくことが重要だと感じています。
それから、子ども・若者のウェルビーイングとエンパワメントは、気候変動や生物多様性と並ぶ重要な課題だと思っています。
企業がそれぞれにできることを持ち寄る社会になれば、この領域はもっと前に進むはずです。この取り組みをきっかけに、社内外の理解を広げ、関わってくれる人を増やしていきたいですね。
今井:本日はありがとうございました。居場所で受け止めるだけで終わらせず、その先で社会とつながれる「橋」をどうつくるか。
就労の体験も含めて、引き続き一緒に取り組んでいけたらと思います。よろしくお願いします。
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