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地域の暮らしを支える企業が、若者支援の入口をつくるまで|カニエJAPAN 取締役 武藤海登さん

認定NPO法人D×P(ディーピー)は、多くの支援者の皆様からの寄付によって活動しているNPO法人です。

今回は、愛知県を拠点にLPガスの小売販売や暮らしのインフラ事業を展開するカニエJAPAN株式会社(以下、カニエJAPAN) 取締役の武藤海登さん(以下、武藤さん)と、認定NPO法人D×P理事長 今井紀明の対談をお届けします。

お客様の安心・安全・快適な暮らしを追求し、豊かな社会をつくる」 そんな理念を掲げ、愛知県を拠点にLPガスの小売販売や暮らしのインフラ事業を展開しています。

蛇口をひねればお湯が出る。コンロを回せば火がつく。 そんな「当たり前の日常」を支え続けてきたカニエJAPAN。

東日本大震災での復興支援などを経て、現在はD×Pとともに若者支援や地域コミュニティのあり方を模索してくださっています。

この記事では、企業として地域と向き合う姿勢や、若者支援に関心を持った背景、そしてNPOとの連携による社会貢献のあり方について、武藤さんの視点からお話を伺いました。

なお、今回の記事も株式会社ストーリーテラーズさんにご協力いただきました。

出会いは「NEXUS」から。対話が、現場見学につながった

今井: 武藤さんたちとのご縁は、淡路島での「NEXUS」が始まりでしたね。地域のファミリー企業の二代目・三代目の方々が集まる熱気ある場の中で、まずは僕が黒川さん(専務取締役)と出会いました。

武藤:そうですね、私が今井さんと初めてお会いしたのも去年です。黒川が「会社として社会にどう関わるべきか」を模索して様々な場へ足を運んでいた中で、私も今井さんとお会いする機会をいただきました。

正直、最初は「若者支援に対して、カニエJAPANとして何ができるのか」は全く固まっていませんでした。ただ今井さんのお話を聞くほどに、「自分たちが知らないだけで、厳しい現実の中にいる若者がこんなにもいるのか」と強い衝撃を受けたんです。

今井:その後、武藤さんをはじめカニエJAPANの皆さんが、D×Pの食糧支援の現場やユースセンターに見学に来てくださいました。あの現場の空気感は、言葉や文章だけではどうしても伝わらないものがあると思うんです。実際に来ていただかないとわからないことは多いですよね。

武藤:おっしゃる通りです。実際に現場に立ってみて、想像以上に複雑で、絡み合った状況があることを肌で感じました。「今若者は大変な状況に置かれている」で終わらせてはいけない。会社として、この現実にどう関われるのか──。

そこから、支援のあり方についてより深く考えるようになりました。

災害時の「最後の砦」として。日常を支えるプライド

今井:ここで改めて、カニエJAPANさんの事業について伺わせてください。今の若者支援への想いは、普段のお仕事に対する姿勢とも深くつながっているんですよね。

武藤:ありがとうございます。当社のメイン事業はLPガスの小売販売です。都市ガスが通っていない地域にプロパンガスを供給し、ご家庭のインフラを支えています。

LPガスは、災害の時にこそ真価を発揮する「最後の砦」のような存在。

持ち運びができて、震災時にも復旧が早い。だからこそ、私たちは単にガスを売っているのではなく、「日常を守る最後の砦」を担っているという自負があります。

今井:会社概要をお聞きして驚いたのですが、供給エリアもかなり広範囲ですよね。

武藤:北は宮城・福島から、関東、そして地元の東海エリアまで。全国で約11万世帯のお客様がいらっしゃいます。ガスだけでなく、賃貸管理やEV充電器の設置など、「暮らしをトータルで支える」ことが私たちの事業の軸となっています。

今井: 11万世帯のお客様と直接つながり、その暮らしを支えている。その大きな基盤があるからこそ、お客様に若者支援について知っていただくきっかけをつくろうとしてくださっているのですね。

武藤:そうなんです。エネルギーを届けるルートがあるということは、同時に「情報」や「支援」を届けるルートも持っているということ。この接点を活かせば、社会課題を知ってもらう入口をつくったり、助けを必要としている人に情報を届けたりできるのではないか。そんな可能性を感じています。

復興支援で現地へ。そこでできたご縁が、東北拠点の原点に

今井:東北にも拠点があるのは、震災がきっかけだったと伺いました。

武藤:はい。あの日、復興支援に入るハウスメーカーさんたちと一緒に、私たちも現地へ手伝いに行きました。最初はただ、目の前の困っている人を助けたい一心でした。

今井:「支援して終わり」ではなく、そこから事業として根付いていったのが素晴らしいですよね。

武藤:現地の方々とのご縁が深まるにつれて、「ガス供給もお願いできないか」というお声をいただいて。結果的に、東北に支店を構えることになりました。

今井:インフラというのは、平時はあって当たり前で、普段は特に意識しないものですよね。でも災害で止まった瞬間に、その重みを一気に痛感します。

武藤:本当にそうです。「お風呂に入れる」「料理ができる」その当たり前が一瞬で崩れた時、生活はどうなるのか。あの経験を通じて、「暮らしの基盤を支えること」の重みを改めて胸に刻みました。

今井: 創業の地・蟹江町から始まって63年。地域に根ざし、震災と向き合い、今また若者支援へ。場所は変わっても、根底にある「誰かの暮らしを守りたい」という想いは一貫しておられるのですね。

武藤: そう言っていただけると嬉しいです。私たちの中では、震災支援も若者支援も、根っこは同じなんです。

「ただの風景」だった若者たちが、他人事ではなくなった

今井:武藤さんは以前、大阪で働かれていたと聞きました。当時、繁華街で若者たちが集まっている様子を見かけて、なにか感じることはありましたか?

武藤:コロナ前、淀屋橋で働いていた頃ですね。繁華街の高架下などで、若者の姿をよく見かけました。でも正直に言うと、当時は「何してるんだろうな」と横目で見るだけで…彼らの背景に何があるのか、想像すらできていませんでした。

今井:多くの人にとって、最初はそうだと思います。見えてはいるけれど、見えていないというか。

武藤:でも、D×Pさんと出会ってお話を聞くうちに、「家に帰りたくても帰れない事情があるのかもしれない」「あそこしか居場所がないのかもしれない」と、解像度が一気に上がったんです。

今井:名古屋でも、再開発に伴って、若者たちが過ごしていた場所が閉鎖され、池田公園周辺に移っているという話、ありましたよね。

武藤:ええ。「ドン横」の閉鎖後に、若者の流れが池田公園へ移っていると聞きました。彼らの居場所がなくなっていくことを考えると、心配ですね。

今井:カニエJAPANさんの供給エリアの中で、もしかしたら今日のご飯にも困っている若者がいるかもしれない。

武藤:そうなんです。そう思うと、もう他人事とは思えなくて。ガスを届ける私たちだからこそ、彼らに手を差し伸べる方法があるはずだ、と強く思うようになりました。

「もともと、先生になりたかった」──原体験としての“恩師”の存在

今井:武藤さんが「放っておけない」と感じる、その原点はどこにあるんでしょう?昔から子どもや若者の支援に関心があったんですか?

武藤:実は私、もともとの夢は「学校の先生」だったんです。

今井:えっ、そうだったんですか!

武藤:はい。私自身、人生の節目で先生に救われてきたんです。例えば大学受験の時、浪人しようか迷っていたら「お前は浪人したらダメだ、前に進め」と背中を叩いてくれたり。世界が狭い学生時代に、社会の広さを教えてくれたのが先生でした。

今井:武藤さんにとって、先生は人生の「道しるべ」だったんですね。

武藤:特に高校時代の恩師の影響が大きいですね。ラグビー部の顧問で、担任でもあった先生です。当時、部員がほぼゼロで廃部寸前だった時、「どうやって組織をつくるか」を夜遅くまで相談に乗ってくれました。 進路に悩んで、「家業を継ぐべきか、夢を追うべきか」と相談した時も、「夢を突き詰めることは大事だ。でも、ビジネスの道を選んでも夢は叶えられる」と言ってくれて。

今井:武藤さんは、お祖父様がカニエJAPANの創業者でいらっしゃるんですもんね。そんな中で進路に迷われた時、先生からかけられたその言葉が、今の武藤さんをつくっているんですね。

武藤:はい。「お前ならできる」と信じてくれる大人が、たったひとりでもいるだけで、人は強くなれる。私はそれを身をもって経験しました。だから今度は自分が、若者たちに「チャンスは掴めるんだ」と伝えられる存在になりたいんです。

地域のつながりを、もう一度考える。町内会長を前に見えてきたこと

今井:プライベートなお話が続きますが、武藤さん、来年は町内会長を務めるご予定だとか?

武藤:そうなんです(笑)。実はこれまで、町内会には名前だけでほとんど関わっていませんでした。でも、子どもが生まれてから視点がガラッと変わりました。「あれ、子ども会って今どうなってるの?」「この子が大きくなった時、この地域はどうなってるんだろう」って。

今井:子どもができると、急に地域が「自分ごと」になりますよね。

武藤:まさにそうです。妻も県外出身なので、地域とのつながりが薄いことへの不安もあって。そんな中で町内会長の話が来て、「これは地域を知るチャンスだ」と引き受けました。

今井:そのタイミングで引き受けられるのがすごいです。

武藤:うちの地域は若い人は多くないんですが、子育て世代もいれば高齢者の方もいて、いろんな世代が暮らしています。昔みたいな濃い近所付き合いに戻すのは難しくても、いざという時に「隣に誰が住んでいるか分かる」「困ったら声をかけ合える」——そんな関係性は、もう一度つくり直せるんじゃないかと思っています。

今井:地域のセーフティネットを、企業としてだけでなく、ひとりの地域住民としてもつくろうとされている。しかもその若さで。その姿勢がとても頼もしいです。

次の世代へ。「小さな一歩」が社会の温度を上げていく

今井:最後に、同世代の若手経営者の方や、これから家業を継ぐ方々へメッセージをいただけますか。

武藤: 私たちのような後継ぎ世代や若手経営者は、目の前の事業を守ることで精一杯な時期も多いと思います。でも、だからこそ伝えたいのは、「自分たちの事業は、必ずどこかで社会の役に立っている」ということです。

今井:事業の先に、社会がある。

武藤:はい。NPOと企業が手を取り合うことで、解決できる課題はもっと増えるはずです。「寄付」という形でもいいし、自社のリソースを使った連携でもいい。 「ここなら貢献できるかも」という小さな接点を見つけて、一歩踏み出してみてほしいんです。

今井: その一歩が集まれば、大きな動きになりますね。

武藤:これからの日本をつくっていくのは、私たち若手世代です。将来、自分の子どもや孫に「パパたちが頑張ったから、今のいい社会があるんだよ」と胸を張って言いたい。 そんな未来を、仲間と一緒につくっていけたら嬉しいです。

今井: ありがとうございます。今日のお話を伺って、地域という「面」で子どもたちを支える未来が見えた気がしました。インフラが暮らしを支えるように、僕たちも心のインフラをつくっていきましょう。これからもよろしくお願いします。


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