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若者の背中を押すのは、「面白がれる大人」|北海道ポラコン株式会社 代表取締役 中島康成さん

認定NPO法人D×P(ディーピー)は、多くの支援者の皆様からの寄付によって活動しているNPO法人です。

今回は、10年以上前からご支援いただいている北海道ポラコン株式会社(以下、北海道ポラコン)代表取締役の中島康成さん(以下、中島さん)と、D×P代表の今井紀明の対談をお届けします。

北海道ポラコンの中島さんが、なぜD×Pへの支援を始めたのか。出会いのきっかけから、活動に共感いただいた理由まで、じっくりと深くお話を伺いました。

なお、今回の記事も、株式会社ストーリーテラーズさんにご協力いただきました。

D×Pとの出会いと事業について

今井: 中島さんと最初にお会いしたのは札幌での会合で、10年以上前になりますね。

中島:もうそんなに経つのですね。今井さんと出会った頃は、自分でも何か社会貢献をしたいと模索していた時期でした。そんな中、D×Pさんの活動を知って、「この活動を応援したい」と素直に思ったんです。

今井: ありがとうございます。ではまず、北海道ポラコンさんの事業内容について教えていただけますか?中島さんが手がけられている「ポラコン」の技術は、北海道のインフラを足元から支える非常に重要なものですよね。

中島:はい。「ポラコン」というのは、ポーラスコンクリートという素材の名前から来ています。ポーラスというのは英語で「水を通す」「隙間がある」という意味です。この特性を活かして、都市型洪水の抑制に使われているんです。

私たちは、製品を売るだけではなく、その手前のコンサルテーション。

つまり、「どこにどれだけの規模のものを配置すれば効果的な雨水流出抑制ができるか」という計算からお手伝いしています。

このコンサルテーション業務がニッチな領域で、北海道でもなかなかやっているところはないと思います。

海外経験によって見えた、日本の課題

今井: 北海道ポラコンさんは、北海道で独自のポジションを築いてこられたんですね。

話は変わりますが、中島さんが社会貢献に関心を持つようになったのは、どのような経緯からだったのでしょうか?

中島:最初に社会貢献に触れたきっかけは、大学の先輩が寄付型の財団を立ち上げられたことでした。行政の支援が行き届いていない課題があるから、民間で支えようと。

その話を聞いたときは、正直「難しい領域でチャレンジされているなぁ」くらいにしか思えませんでした。当時は社会貢献という概念が、まだ自分の中に落とし込めていなかったんですよね。

今井: そこから、どのように心境が変化していったのでしょう?

中島:私は2009年から2012年まで北京に駐在していたんですが、そこで初めて外から日本を見たときに、「このままでは日本はまずいんじゃないか」と感じたんです。

当時、日本で中国に関する報道に触れるなかで、私自身、中国は日本をあまり良く思っていないのかもしれないという印象を抱いていました。しかし、実際に現地にいると全然そんなことはなくて。

日本をよく思っていないというより、むしろ日本の存在感が以前より薄れているようにも感じました。

そのとき思ったのは、「国際社会で日本人はどんどん存在感をなくしていってるのではないか」ということ。

同時に日本人も経済的に余裕がなくなってきていて、「自分たちのアイデンティティを失い始めてるのではないか」ということでした。

今井: 僕も2009年頃にザンビアにいたんですが、同じような感覚を持ちました。当時は厳しい生活環境のなかにある子どもたちとも多く出会いました。そんな環境のなかでも、ザンビアの子どもたちは自分たちの国や未来への展望を語っていたんです。

一方、日本に帰ってきて感じたことは、不登校の問題や経済的な苦しさの予兆のようなものでした。

「このままではまずいのではないか…」と危機感を覚えましたね。

中島:わかります。私も中国で印象に残っていることがあって。よく行く食堂の娘さんが「私、高校からカナダに行くんだ」と話していたんです。

中国では、ごく普通の家庭の子どもが世界に行くことを見据えて勉強している。

でも、日本ではどうだろう…と考えた時、「日本の子どもたちにも、可能性がひらかれる環境を用意しておかなければいけない」と強く思いました。

子どもの将来は、置かれている環境に大きく影響を受けますからね。そこで帰国後は「中国との関係性を少しでも良くしたい「日本人のアイデンティティを取り戻したい」「子どもたちにとって良い環境をつくりたい」という気持ちからボランティアを始めました。

今井: まさにおっしゃるとおり。どんな環境に身を置いているかで、将来の選択肢が全く異なってきますよね。

ゼロから信頼を築いた事業承継

今井: 現在、中島さんは5代目として会社を経営されていますが、事業承継までのことについても少しお話を伺えますか?

中島:私は金融業界、そしてベンチャー企業を経て、父が経営するポラコンに入社しました。もともとこの会社は、同族経営の会社ではなかったのに、「社長の息子がいきなり入ってきた」わけですから、当時の社員には戸惑いがあったと思います。

また、扱っているのは特殊なコンクリートという専門性の高い分野なので、入社してすぐに結果を出せる環境でもなく、「まずは自分にできることをしていこう」と、資格を取ることにしました。

そして、二級土木施工管理技士という国家資格を取得し、補助金などを活用して、新しいプロダクト開発に取り組むようになりました。その後、大きなターニングポイントになったのが「技術の海外展開」です。

今井: 海外展開ーーインドネシアのプロジェクトですね

中島:ええ。2018年にJICAから正式に認められてプロジェクトがスタートしました。これをきっかけに、社内の空気も一気に変わりましたね。

さらに追い風となったのが、北海道の活況です。次世代半導体拠点の誕生や新幹線・高速道路の延伸、エスコンフィールドの開業といったビッグニュースが続き、地域全体が活気づきました。

私たちもその勢いを力に変えて、事業を大きく伸ばすことができました。

ソーシャルビジネスのアイデアはなくても、応援はできる

今井: 中島さんは以前から「ソーシャルビジネスを立ち上げたい」と思っておられたそうですね。

中島:はい。実は中国駐在の経験から、「将来何かしたい」とずっと考えていて。会社が成長し、より良い方向に向かい始めたので、これを機に「ソーシャルビジネスにチャレンジしよう」と、ビジネススクールに通い、ビジネスモデルを模索していきました。

今井: 中島さんはアイデアマンだから、さまざまなビジネスアイデアを思いついたのではないですか?

中島:いえ、それがそうでもなくて…。社会を良くしたいという「想い」は強くあっても、肝心の「アイデア」がなかなか見つからなかった。そんなときに今井さんと出会い、「自分にアイデアがなくても、応援という形で支援できる!」と思ったんです。

今井: そこで、個人の寄付をスタートしていただいたと…。

中島:はい。最初は個人で数千円、会社からは徐々に金額を増やしていきました。「ソーシャルビジネスに取り組みたい」と思っていた自分にとって、D×Pという存在に出会い、支援という形で力になれることは、本当にありがたかったですね。

今井: こちらこそありがとうございます。2022年には、北海道ポラコンの社員の皆さんの前で講演をさせていただきました。あのとき、皆さんがとても熱心に耳を傾けてくださったことは、とても印象に残っています。

中島:あの頃は、会社も成長し、社内の雰囲気も少しずつ変わってきていました。そんな時期だったからこそ、「社員にもD×Pさんの存在をより深く知ってほしい」と考え、今井さんに直接お話をしてもらう機会を創りました。

今井: 社員の皆さんも本当に熱心に聞いてくださり、質問も多くいただきましたよね。

中島:そうですね。中には「実はうちの子も不登校気味で」と打ち明けてくれた社員もいました。若者の孤立や不登校は決して他人事ではなく、自分たちの身の回りでも起きている課題なんだと、みんなの心に響いたようです。

今井: 北海道は給与水準が全国平均と比べると低く、生活に厳しさを抱える若者もいます。雪国で敷地も広大であるため、誰が孤立しているのか、誰が経済的に苦しいのかがとても見えづらいんです。

中島:だからこそ、まずこの現状を知ることが大事ですよね。「身近にある課題にまずは気づくこと」、そして「道内にその機会を増やすこと」が、私の大事な役割だと思っています。

バカなことを面白がれる大人が、若者の背中を押し、地域を動かす

今井: 中島さんは、なぜ子どもや若者の支援にこれほど思い入れを持たれているのでしょうか?

中島:私たちは就職氷河期世代で、ずっと「浮かばれない世代」と言われてきました。このような私たちの痛みを、次の世代にまで引き継がせてはいけないと思うんです。そのしわ寄せで、子どもたちが辛い思いをしていいわけがない。

だからこそ、今、私たち大人が踏ん張らなければいけないと思っています。

経営者の視点で言えば、「利益を出して納税する」だけではなく、「社会貢献の視点を持つ」こと。これは今後会社経営をしていく経営者にとって、欠かせない視点になると思います。

今井: 社会や地域にとって「意味のある存在」であることも、企業にとってますます大切になってきますよね。

中島:はい。そこで現在は、NPO法人北海道エンブリッジという学生の長期インターン支援団体の理事も務めています。

私は大学時代に番組の自主制作をしていたことがあるのですが、それが実現できたのは、周りの大人たちが「やってみなよ!」と応援してくれたからです。

当時背中を押してくれた大人がいたから、今の自分がある。

だから今度は、私がそういう大人になって、今の若者たちに恩送りをしていきたいと思っているんです。

今井: そういった意味では、トウモロコシのプロジェクトも、まさにその想いが形になったものですよね。なんでも、中島さんも遠くまで一緒にトウモロコシを届けに行かれてるとか…(笑)

中島:はい(笑)農家さんで、味は変わらないのに規格外で出せないトウモロコシを、インターン生と一緒に、子ども食堂や企業へ届ける活動ですね。

おっしゃるように、去年は私もトウモロコシをパンパンにトラックに積んで配って回りました(笑)

日々の業務も忙しいですが、その中でも、学生の想いに寄り添って少しでも応援していきたい。そういう、良い意味での「バカなことを一緒に面白がれる大人」でありたいと思うんです。

北海道の未来のために

今井: 最後に、道内企業の経営者の方々に伝えたいことはありますか?

中島:今、北海道経済は良い兆しがある一方で、支援が行き届かず苦しい状況にいる子どもたちも確実にいます。私たちがもう少し情報のアンテナを広げて、もっと直接的にお金を回していく必要があると思うんです。

地域で、NPOや社会貢献をしている組織にお金を回していかなければ、可能性のある子どもたちの未来が摘まれてしまう。

そうなれば札幌の良い未来はないと思っています。

北海道の人口は年々減り続けており、若者が首都圏にどんどん出て行ってしまっている状況。

それを食い止めるためには、良い意味での「バカな大人」がもっと現れて、「札幌っていいよね」という雰囲気を醸成していかなければいけない。産業基盤の問題もありますが、それ以上に「札幌にはチャンスがある」と思える街に変わっていくことが大切ですよね。

今井: 僕自身も北海道で育った一人として、地元の大人たちが手を取り合うことの意義を強く感じています。これからもぜひ、道内企業の皆さんにさらに関心を持っていただけるよう働きかけていきたいです。

中島:はい。私としても、そうした想いに響く人をどんどん増やしていくのが自分の役目だと思っています。

先日、社員にもこう伝えました。

D×Pさんにたくさん寄付できるように会社をもっと成長させていこう」って。

D×Pさんをもっと支援できる企業になることが、私のモチベーションのひとつになっているんですよ!

今井: ありがとうございます。これからもよろしくお願いします!


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