2004年、イラク人質事件。

D×Pの創業者の一人である今井は、2004年の高校生のとき、イラクの子どもたちの医療支援のために当時紛争地域だったイラクへ渡航しました。そして、現地の武装勢力に人質として拘束されました。「イラク人質事件」の当事者です。解放され帰国すると「自己責任」の言葉のもと、社会からバッシングを受けました。「頼むから死んでくれ」「税金泥棒」などの罵倒の手紙や電話の数々。突然後ろから頭を殴られることもありました。その結果、今井は対人恐怖症に。部屋じゅうのカーテンを締めて自室に引きこもりました。

友人たちに、先生に、支えられた。

今井を心配した先生から紹介され、今井はAPU(立命館アジア太平洋大学)に進学。そのとき、大学で一人の友人ができました。のちに今井とD×Pを創業する朴基浩です。
今井は朴に話しました。「どうせ俺のことなんて、誰も理解してくれない」その今井の言葉に、朴は突き放すように言いました。「自分から動かなければ、状況は何も変わらないよ。」目が覚めるような言葉をきっかけに、今井は朴を含め大学の友人らと関わるようになり、周囲の人に支えられながら、次第に明るさを取り戻すようになりました。

ルールはひとつ、
「否定しない」こと。

大学4年生のこと、今井と朴がその年の1年生を集めてディスカッションを行ったことがありました。その中で、1年生が自分の「ユメ」について自由に話す時間を設けました。ルールはただひとつ、「否定しないこと」。「やりたいことなんてない」と口々に言う1年生たち。ところが、「否定しない」というルールのなかで話すうち、それぞれが自分なりのユメを口にするようになりました。そして、回を重ねるごとに参加者の言葉に強さが増し、目の輝きが変わるのを目にしたのです。この時の経験がD×Pのプログラムの原点でした。

通信制高校に通う高校生との出会い。

若手社会人向けに「ユメ」を語るプログラムを届けていたところ、偶然、通信制高校に通う高校生向けにイベントを行う機会を得ました。教室に入ると、人と話すことを避けるようにうつむく高校生たち。そのイベントを終えたあと、先生から驚きの事実を聞きました。通信制高校の卒業生の2人に1人が進学も就職もしない(※2012年当時)という現状です。親にも先生にも友人にも否定され、生きづらさを抱えた高校生と、イラク人質事件で大きなバッシングを受けた自身の姿が重なりました。

2012年、NPO法人D×P(Dream times Possibility)が立ち上がりました。
そして、高校生が次第に活力を取り戻していけるよう、「だんだん強く」という意味の「クレッシェンド」という独自プログラムを構築しました。

「自分の価値は10円ぐらいと思っていたけど」

クレッシェンドの運営は、試行錯誤。授業によって逆に高校生にしんどい思いをさせてしまうこともありました。しかし、次第にプログラムとスタッフが変わっていき、最初はまったく心を開かなかった高校生も、「否定しない」というルールのなかで対話を重ねるうちに、次第にたくさんのことを話すようになりました。

「自分の価値は10円ぐらいと思っていたけど、今は100円くらいかなと思う」

プログラムのアンケートには、そんな高校生の言葉が綴ってありました。

終わらない、挑戦。

現在は、通信制高校のほかに定時制高校でも授業を行うようになり、D×Pが関わった生徒の数は総計1,400名ほど(2016年6月時点)になりました。そして、クレッシェンドを受講した生徒のうち86%が進路を決めて高校を卒業していきました。

そして、新しい取り組みも始まっています。授業後も生徒に関わり続ける「アフタークレッシェンド」の仕組みづくり。生活保護家庭にいる中高生に向けた取り組み。挑戦の機会を提供する「チャレンジプログラム」の運営…。

今井は言います。
「どんな境遇にある若者であっても、自分の未来に希望を持てる、そんな社会をつくりたい。自分たちには、まだまだ、やらなければいけないことがある。」

D×Pの挑戦は、始まったばかりです。

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