自分の広報によって"一人ひとりの高校生”を傷つけているように思えて、辛かった。— D×P広報インターン 中西みちるさんインタビュー

広報インターンの立命館大学4回生(現在休学中)の中西みちるさんに、D×Pでのインターンについてインタビューしました!

(インタビュアー&文責:広報インターン 荒木雄大

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「このまま生きていくくらいなら死んだほうがいい」
ってずっと思いながら過ごしていた

 

あらき:みちるちゃんがD×Pでインターンを始めたきっかけはなんだったの?

 

みちる:大学に入学してすぐ、ある人の紹介でノリさん(D×P理事長今井紀明)と出会って、面白い人だなって思って、後日軽い気持ちでD×Pの事務所に遊びに行ったの。楽しくおしゃべりしただけだったんだけど、その日Twitterでノリさんが「今日は良いスタッフ志望の大学生が来てくれてよかった!」ってつぶやいてて。私はスタッフになりたいなんて言ってなかったんだけど、勘違いされてしまって、そのまま流れでD×Pに…(笑)

 

あらき:きっかけはノリさんの勘違いだったんだ(笑)でも、そもそもどうしてD×Pに興味を持ったの? 

 

みちる:私は小学生くらいの頃からずっと「なんでこんなに生きづらいんだろう」って思ってたんだよね。でも決定的な理由がなくて。家族とは少し反りが合わなかったりもするけど仲は良かったし、学校でも友だちは多かったし、勉強も嫌いじゃなかった。だけどなぜか将来がすごく不安で、怖くて、「このまま生きていくくらいなら死んだほうがいい」ってずっと思いながら高校まで過ごしてた。

当時(2012年頃)のD×Pのビジョンは今と少し違って、「ひとりひとりが自分を諦めず、希望を持てる社会」っていうものだったの。その“自分を諦めず”っていう言葉がすごく好きで。「ノリさんといたら自分がなんでこんなに生きづらくて、死にたがりなのか分かるのかな」って思って、D×Pに関わりだしたんだよね。

 

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自分が一番大事にしている日々の現場が、
自分の広報によって崩されてる感じがした。

 

みちる:インターン1年目は年上の先輩スタッフにくっついてるだけで、「高校生と楽しく喋って終わり!」みたいな感じで過ごしてた。

でも、2年目は先輩スタッフが卒業していなくなったり、新しく入ったインターン生がすぐ辞めちゃったりして、インターン生が自分一人しかいなかったから、本当に辛かった。でも、新しく入ったインターン生に現場をちゃんと任せられるようになるまでは辞められなかったから、頑張って続けてたかな。

インターン3年目の春からはD×P広報の仕事も始めた!

 

あらき:それまでは現場で高校生と関わるインターンとしてやってきたのに、どうして広報インターンもやりたくなったの?

 

みちる:ずっと、文章を書く仕事に対する漠然とした憧れがあったから。あとは、広報スタッフのさっちん(入谷佐知)に対する興味!この人のもとで働いてみたら楽しいかな?って思ったの。

 

あらき:なるほど。実際に広報の仕事してみてどうだった?

 

みちる:「意外と文章書く仕事って面白くないかも…」って思った。私の憧れとは違った。なんだか自分が一番大事にしている日々の現場が、自分の広報によって崩されてる感じがして。

D×Pの「良いところ」を見せようと思ってしまって、上手く書こうとするんだけど、なかなか書けない。さっちんに「全然ダメ」って言われる。「記事を書くために高校生と関わっているわけじゃないのに」とも思う。もう面白くない…みたいな(笑)

あと、D×Pは、自分たちが取り組む社会の課題として「通信制高校の卒業生の2人に1人が進学も就職も決まらないまま卒業する」って伝えていたんだけど、当時、この表現が大っ嫌いだった。

「2人に1人」って言ったって、いろんな“2人”がいる。一人ひとり事情が違うのに、ひとくくりにしてしまうなんておかしいと思ってた。ひとくくりにされたほうはどう思うんだろう?って。

その想いを抱えたまま、2014年の秋にD×Pでのインターンを辞めたの。特別な理由があって辞めたわけじゃなくて、「インターン生も増えたし、3年も頑張ったから、もういいかな」って思って。

 

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“個人の問題”で終わらせず、“社会の問題”として捉え直す

 

みちる: D×Pのインターンを辞めた後、大学の研究の一貫で福島県のとあるまちに行ったの。そのまちは2011年の震災で起きた原発事故で、たくさんの人が一気に避難してきたことで状況が大きく変化したまちで。その結果、元々の住民と避難してきた人たちの間で、いろんな不調和が生まれたの。私は福島で、具体的にどういったことが起きていたかを実際に自分の目で見に行ったんだけど、そこにはいろんな立場の「生きづらさ」があるなぁって思った。

 

あらき:やっぱりテーマは「生きづらさ」なんだね。

 

みちる:そうだね…。

市役所の壁に「避難者は自分たちの家に帰れ!」とか落書きされたこともあったみたい。そんな出来事が絶えないまちだったんだけど、実際に現地に行ってみるとそのことを問題視してない人も多かった。そのまちの中では「〇〇さんは周りに配慮がない人だから(周りとうまくやっていけないだけだよ)」みたいに、“社会の問題”じゃなくて、“個人の問題”になってる。原発事故は“社会の問題“なのに、なんでまちの人達や避難してきた人たちの苦しみが“個人の問題”になっちゃってるんだろう、って思って。

 その時に、「あ、私はD×Pが取り組む問題も、 “個人の問題”だと思ってたのかもしれない」って気づいた。「2人に1人が進路未決定」っていう表現が嫌いだったのは、一人ひとり違うのに、みんなひとくくりにして伝えるのが嫌だったから。でも福島でこの事実に出会って、本当に一人ひとりの生きづらさをなんとかしたいんだったら、ひとくくりにして、“社会の問題”として表現する方法もあるなって思い始めて。手段として「2人に1人」っていう伝え方をするのもアリなんだって初めて気がついた。

 

みちる:自分のことや、具体的に顔が見える「あの人」のことを”社会の問題”として捉え直すには、すごい覚悟がいるなって思うんだよね。色々なものを切り捨てたり、見たくないものと向き合ったりする必要がある。でも私はD×Pでインターンしていた頃、それができなかった。高校生の話はみんな共感できるし、ひとりひとりが愛おしくてしょうがなかった。だけどそれだけじゃ、何も解決しないのかもって思うようになった。

 

あらき:それにD×Pを離れてみて気づいたんだ。

 

みちる:そう。それで、D×Pはどうやって”個人の問題”を”社会の問題”として捉えて解決していくのか知りたくなった。今なら、“個人の問題”を“社会の問題”として捉え直す痛みに耐えられるかなって思ったんだよね。だから、一度辞めたD×Pだったけど、休学してもう一度D×Pの広報インターンをやろうと思って。

 

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自分で仕事を作れるようになってからが一番楽しかったな。

 

あらき:それで2015年の春から4年目のD×Pでのインターンを始めて、具体的に広報でどんな仕事してきたの?

 

みちる:そうだなぁ、SNSやブログ記事の更新、先生にインタビューしたり、高校生にもインタビューしたり、授業の様子を撮影に行ったり、チラシ作ったり。イベントの運営、事務所の備品の整理とかもしたかな。

 

あらき:まぁ細かいのも入れるともっとたくさんあるよね。その中でも面白かった仕事は?

 

みちる:チラシ作ったり写真撮りに行ったりするのが好きだったな。チラシのデザインなんか時間忘れてずっと作ってた。飯も忘れる、みたいな(笑)

 ダイレクトに結果がわかるSNSやWEBの分析もすごく楽しかった。自分の書いた記事がどれくらいの人に見てもらえたのか、数字でバーンって分かるのはやる気に繋がった。トライ・アンド・エラーができるから、「これがこうだったから、次はこうしてみよう」って試行錯誤しながらやるのが好きな人には、D×Pの広報インターンは向いてるよね。

 

あらき:マニュアルがないから大変だけど、楽しいよね。

 

みちる:自分で仕事を作れるようになってからが一番楽しかったな。最初は言われたことをこなすのが精一杯だったけど、「こんな企画したい!」「イベントはこうしたい!」って思いを持って実際にできるようになった。自分で言い出したことだからプレッシャーが凄かったけど(笑)

 

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書きにくいことも、全部書いて良いんだって思えるようになった

 

あらき:インターン3年目の時は「文章書く仕事が面白くなかった」って言ってたけど、4年目は…

 

みちる:楽しかったよ!大丈夫!(笑)

 

あらき:楽しかったんや(笑)みちるちゃんのなかで何が変わったの?

 

みちる:書きにくいことも、全部書いて良いんだって思えるようになった。前は、「D×Pはまだここまでしかできない」とか、見せちゃいけないんだと思ってた。だけど、「本当にその時にあったことをそのまま伝えることが、社会に課題を発信することだ」って思えるようになってから、だんだん書きやすくなったし、楽しくなったかな。取り繕って上手く書こうとすると面白くないんだよね。

 

あらき:広報インターンをして、学んだこととか、よかったことってある?

 

みちる:よく変わる、動く、走るD×Pだからこそ、「その時その時で最適な広報をする」っていうことを学べたかな。絶対的な正解はない。現場の動きが1ヶ月前とは変わってたりするから。

丁寧に現場のスタッフの話を聞いたり、価値観レベルで「現場を知りたい」と思いつづけることが大事かなって思った。そこに広報として後ろから寄り添っていくのはすごく大変だったけど、精神力は鍛えられたかな(笑)

 

あらき:最後に、D×Pを卒業した後にやりたいことってある?

 

みちる:まずはちゃんと大学を卒業しようと思う。その後のことは、具体的にはまだ分からないかなぁ。

ちょっと先の話になるけど、もっといろんな人が気軽に社会問題に関われるような仕組みをつくりたいなって思ってる。D×Pに関わるようになってから、「社会のこういうところをよくしたい ! 」っていう想いをもっている人って、結構たくさんいるんだなって気づいたの。だけど実際に行動できる人たちって、何か特別なスキルや時間、お金がある人ばかりな気がする。そういう社会はちょっと変じゃないかな?とも思ったの。問題意識を持ったみんながすぐに、気軽にアクションを起こせる社会になったらいいなぁ。

 

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授業で出会う高校生ひとりひとりを心から愛していた中西さん。
だからこそたくさん悩んで、痛みに耐えながら、彼女なりの答えを探してきた3年半だったのかなと思います。

みちるちゃん、インターンおつかれさまでした! 

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【中西さんが執筆した記事の一部】

「D×Pのインターンって、ぶっちゃけどうなん !?」 – インターン生座談会2015夏

「卒業させること」が、僕の仕事じゃないんです。- ECC学園高校京都学習センター教員 小林純児先生インタビュー

「先生は、偉くないんです。〝世の中〟と〝生徒〟を結ぶことが、僕の仕事だと思っています」 – 京都市立塔南高等学校教諭 飯島弘一郎先生インタビュー

「自分の気持ちを大事にできるようになりたいな」って思うようになりました。そうしたら、ちょっと楽に生きられるのかな。

後輩に、卒業生に、伝えたい想い。@D×P写真部(DPP)活動開始 !

「〝自分は嫌われている〟と思っていたけど、いまは〝そこまでじゃないかな〟と思います。」クレッシェンド第4回@ECC学園高校京都学習センター

 

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